Tue, 02 Jul 2002
元気な「たわし」
| 保護チビ猫「たわし」は今日も絶好調。 |
Tue, 02 Jul 2002
厳しい季節
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毎日雨で湿度が高い。温度は上がったり下がったり。雨期の不快感はどうしようもない。 このあとに来るのが日照りの夏で、これまたどうしようもない。 外猫の健康管理は、冬より今が正念場なのかも。 クニクニの耳が、「汚い」を通り越して悲惨な状態になった。 それを見たので、今朝は胸がいっぱいになってしまった。 河原猫に関わり始めた2年前の5月、冬を越えて生き延びた猫たちは皆悲惨な形相だった。両目の開かないサビ猫がぼんやりたたずんで土手を見上げており、それに気づいて自転車を降りた。(サビちゃんは、秋に元気になった。)白猫「じっちゃん」はよれよれで、今にも死にそうな感じだった。がんばって毎日のご飯に来ていたけど、結局夏まで持たなかった。ほんの一時期ピカピカだった仔猫も、大人の猫同様無事ではいられなかった。お母さんは、黒白兄妹の後に生んだ仔猫をほったらかしにして、次の子をまた身ごもっていた。意を決してお母さんを運んだのが7月末、最初の河原猫不妊手術になった。1匹だけ生き残っていた白い男の子「はんぺん」は、手術後戻ったお母さんのおっぱいを一生懸命飲んでいたけど、夏の間にみるみる弱って消えた。薬も飲ませられなかった。 キジ柄のメス、ミミちゃんの耳はただれて血がにじみ、蚊にたかられていた。目の白濁もひどくて「この子は持たない」と思った。運良く持ちこたえて今も毎日通ってくる。(手術に運んだとき、できる限りの治療をして頂いた。) えさやりをつづけていたHさんが「増えない」といったのは、その通りだったのかもしれない。どのくらい生まれて死んでいったのだろう。猫が多産なのはそれだけ死ぬからだ。 私もだんだんくたびれてきて、若い頃のように無傷ではいられなくなった。手荒れが時々ひどくなって、皮膚科へ行っても薬を塗っても、悪化するのを止められない。原因になるもの(洗剤など)にさわらないで過ごせないから、治るまでに時間がかかる。 一週間前ぼろぼろだったのが、やっと小康状態になった。 つきあいは長いけど、近づけない猫。クニクニの耳、どうしてあげることもできない。私の手のようにどうか治って。 |
Mon, 01 Jul 2002
除草剤が・・・
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また撒かれた。 立ち枯れ始めた草の海を駆け抜けて餌場に到着した猫たちがすることと言えば、毛繕いだ。悲鳴を上げそうになった。いつ撒かれたか知らない。黄色く変色し、草がガックリ倒れて気がつく。それまでの間に、猫たちが触れずにいられたはずはないのだから。 居着かれたら迷惑だと考えている地主が、猫への配慮などするはずもなく、いっそ、これで何匹かくたばってくれたら好都合、くらいに思っているに違いない。草が伸びると、繰り返し、繰り返し、背中にタンクを背負ってやってきて、隈無く撒いていくおじいさんの顔が浮かんだ。保健所の担当者には、「所有者が自分の土地でやっていることだから撒くなとは言えない」と言われた。 食べているのに痩せた子。鈴子。サンタ。ピンちゃん。そばかす。黒叔父さん・・。クニクニは両目が開いた。チーコの青っ洟復活。 クニクニモドキ1,2という識別名の2匹は、頭頂の黒い柄の濃淡で見分けていたけど、最近1の子が皆勤賞なので「ミルク」と命名。 ミルクも痩せた |
Sun, 30 Jun 2002
おじさんの涙
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例によって行くのが遅くなった河原。 エサ待ちの猫たちを土手に座って眺めているおじさんがいた。 その周りを猫たちが取り囲んでいる。 私の到着でおじさんの包囲網は解かれ、ハメルンの笛吹きよろしく、私の後に猫が続く。一通りご飯が行き渡って片付けも済み、同じ場所にまだ座っていたおじさんの所へご挨拶に行く。まさおくんがちゃっかり、側に置かれた猫缶をいただいていた。 時々通りがかるそうだ。猫の数や状況を話す。遠くを見つめながら話を聞いてくれていたのだけれど、ふと見ると、涙を浮かべてつらそうな顔。「また通りかかったときに、猫たちに優しくして下さいね」 おじさんはそのまま座っていたので、河原をあとにしてきた。 |
Sat, 29 Jun 2002
帰ってきたタワシ
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ちびタワシが病院から再び家に戻って、家の中は一気に険悪なムードになった。知らない臭いの仔猫に、先住4匹みな厳しい。やきもちもあるかも。何しろカワイイ。直接手は出ないけど、世にも恐ろしい顔でハァーッとかふぅーっとかやられて、そのたび、全身の毛を立てて答えている。チビも必死だ。幸いすぐ忘れるタチらしく、逃げも隠れもせず一人ではね回って、大人猫たちがげっそり逃げている。 新しい画像で里親探し開始・・・と思ったら、職場にデジカメ忘れてきた。 先生やスタッフの方たちに一週間可愛がられ、きれいにして貰って、もともとの「素質」もあるのだろうけど、人なつっこくてマイペースで、文句無しのいい子になったように感じる。 夜中の2時頃から騒がしくなって3時には起こされてしまった。 チビはソファーのクッションの上でスヤスヤ寝ていた。ヤレヤレ・・・。 |
Sat, 29 Jun 2002
ポイ捨て
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ゴミをポイ捨てする人は拾わない。自然に消えてなくならないものは誰かが何とかしなければならず、不毛なゴミ拾いが至る所で繰り返される。片づける人への配慮があれば、ポイ捨てなどできないはずなのに。捨てる人を何とかしろと、誰もが思う。捨てた人を特定できず、なんともならないで放置されたゴミの山は、最終的に役所が多額の費用(税金)を投じて片づける。 大成功を納めている娯楽施設「ディ○○ーランド」では、入場者がゴミに煩わされることなく遊べるよう清掃スタッフが十分配備されていて、ゴミ箱がない。ということは「どこにでも捨てて良い」わけで、しかも、たちまち片づけられる。高い入場料に、その分も入っていることになる。「お金は先にいただいておりますので、どうぞご遠慮なく捨ててください。」 この姿勢が、ゴミがまき散らされる風潮の「元」になっているのではないかと疑っている。ゴミ箱があってもそこまで運ばず、いた場所にゴミをそのまま残していく人が増えた。 河川敷の猫は、人間が捨てた猫とその子孫だ。餌をあさる場所はないので、小屋掛けしている人たちからもらう餌と、散歩がてら残り物を運ぶ人たちの餌、熱心な餌やりさんの餌、河川敷の自然に生息している小動物を狩って食いつないできたものと思われる。 意識無く人が捨てたゴミを拾い、片づける行為は、やりきれないものである。 しかも猫の世話には、餌やりが猫を増やしているのだといったそしりまで受ける。餌を与えるだけでは問題は解決しません。増えないよう不妊手術の措置が必要です。飢えぬよう食べさせ、不妊手術をし、里親探しをし、さらにそれだけでは何も変わりません。「あそこへ捨てればボランティアが面倒見てくれる」と、かえって猫の捨て場になってしまったり。 そこにいる猫が気の毒でならないだけなのに、その気持ちが、ただだらしのない飼い主の受け皿になって、無責任な人々を育てることにだってなるのだと・・。 本当にそうですね。 |
Fri, 28 Jun 2002
竹盗人
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怒濤の一週間が 終わった。 帰り道で笹竹を持った親子を見た。七夕飾りの竹だ! あああ。また猫の周りに、竹取りの翁が出没するんだ。 春は主に家庭菜園用の竹盗人だったと思う。 野菜の支柱にごっそり持って行かれて、後始末に苦労した。 だいぶスカスカになった。 人が住んでいるところからは怖くて持って行かれないらしい。猫なら文句を言われないし、二三回斧をふるえば、皆逃げる。 自分くらいはいいだろう、どうせならついでにあっちの分もこっちの分もと、一人の翁が10本ずつで、また更にスカスカになっていく。 斜めの切り口が猫にどんなに危険か、なんて知ったこっちゃないのだ。いらない部分は突っ込んで捨てていく。 それでなくても悩ましい季節なのに、七夕まできちゃうのね |
