Wed, 27 Nov 2002
捨て猫の被害者
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Kちゃん経由で読んでいる本の中に、捨て猫の被害者、というのが出てきた。生まされて捨てられて、飢えや病いや虐待や、これでもかというくらいの危険に晒された日々を経て、そうしてどこかで人知れず私たちの想像を絶する最期を迎える猫たちが一番の被害者だ。これは間違いないのだけど、糞が迷惑、ゴミを荒らして迷惑、目にするのも不快、といった苦情を言う人々がいわゆる一般的な「被害者」だと思っていた。この捨てられた猫たちを不憫に思い、周囲に遠慮しながら、時に罵倒されながら、身銭を切ってエサを与え、不妊手術をし、大変な思いで里親捜しに奔走し、あるときは探せずに抱え込む、こういう人たちだって被害者なのだ、と。 ふっへえーー、私は全く捨て猫の被害者だと判明してしまった。 捨て猫を見ないで平和に心静かに幸福に生活できるようにしてくれ! 幸福を追求する権利は、憲法で保証されているのだからね。 糞害の苦情電話する人みたいに、愛護センターとかにみんなでガンガン言っていきませう。とまではいわないけど。 目から鱗だった。 自分が出会った所で安楽死させるのが猫のため、と言った知人が関わっている公園のことも出ていた。湾岸戦争の頃、ここでは子ども達による猫の虐待事件が続出し、ニュースになったそうだ。 その手口と内容のひどさに今更ながら絶句した。本人から聞いても現実感が沸かなかった虐待の事が、本の中で、第三者が間接的に叫んでいるのを読んで、今更ながら胸に迫ってきた。 私の想像力はかなりレベルが低い。知人のやけっぱちで乱暴な表現が輪を掛けて、事の重大さをその大きさまで伝えきってくれなかったのだ。 彼女は絶望していないからこそ今でもやっている。 あまりのひどさに怒っていたのだ。 こうした現場で猫の保護を経験したら、私はどうだろう。私の精神は持ちこたえられただろうか・・ 今朝は日が射して、食後の猫たちが集う原っぱの風景が、とても穏やかだった。 カレンダーに応募したピンちゃんの写真、できあがったものを紹介するチラシの中に発見。うわ、これ、ピンちゃんだ。 ピンちゃん、薬を用意して待ちかまえていたのに、昨日と今日とエサ場で会えなかった。明日は来て下さいよー。 この写真二度目だったらゴメンナサイ。 今年の夏「昼寝のピンちゃん」 |
Tue, 26 Nov 2002
もぐら塚
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顔が合うたび声を掛けて「コクニ」を励ましている。 コクニが、ごはんの時一番に集まる子達の中にいることはない。みんなが食べていると後方に現れ、目立たない所に座って見ている。そばへ置きに行くと逃げる。でも、逃げ方が少し緩慢になってきた。自分用のごはんなのだと思ってくれたのかどうか、戻ってきて静かに食べる。今日は逃げないと喜んだら、大きなムカデが歩いているのに気を取られていただけ。ノコちゃんも気がついて食事中断。二人で夢中で見ていた。 恒例の「もぐら塚」を土手のあちこちで見る季節になった。 あの黒い土盛りは、この河川敷で、モグラの事情に適った暮らしがモグラによって営まれている証拠なのだ。 猫たちを猫だけにして放っておいたら、どうだろう。 「想像を絶する悲惨な最期・・・」 この言葉を何かで見て、たまらなくなったことがある。 それなりにたくましく生きていくものさ、なんてのんきに言う人もいる。想像しない人は楽だ。 本当にそうなら。 |
Mon, 25 Nov 2002
いとおしいクロボス
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出がけにいきなり雨足が強くなり、慌ててレインコートと長靴を出して雨支度。 到着と同時にサビちゃんが材木置き場からヌッと現れ、向こうの茂みからソックスが走ってくる。 急げ急げ、雨の日は忙しい。 足の間でゴロニャンボスがブツブツ言っている。 雨が降ったのは私のせいじゃないよ、 寒いのも仕方ないよ。さあ、いいから食べなさい。 顔の前に置いたごはんに口も付けず、私を見上げてゥニャウニャ止まらない。この前顔を拭いてあげたのがとっても気持ちよかったのか、鼻水を垂らした顔を上げて催促の体。 ぱっと見で猫を判断してはいけない。 ごっついボスをこんなにかわいらしく、いとおしく思えるようになるとは、夢にもオモワナンダ。 ちなみに、このクロボスの歯欠けは、上下一本ずつだった。 ボス、黒叔父など4匹は確実に見分けられるけど、どうやら黒猫は他に少なくとも3匹はいて、ごたまぜになって走り抜けていくと、さっぱりわからない。分身の術・・みたいだ。 |
Sun, 24 Nov 2002
藪の中
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電気もなくて、夜は月明かりだけの河原。 月の無い夜は真っ暗だ。 野生の生き物には当たり前の自然環境だけど、人の家で生まれたり飼われたりしてきた猫がこの河原で明け暮らすのは、さみしいだろうな、恐いだろうな。 竹やぶの中に一番最初に作ったのは、ころがっていた風呂桶を芯にして、手頃な板がなかったのでこまつのおじさんと一緒に竹を編んだ天井を付け、廃材で囲みを作ってグリーンのシートでくるんだ猫舎だ。その後、ビアハウスが閉店した時もらった“ガーデンテーブル”や“ベンチ”を運び込んで、大きな猫舎と小さな猫舎と、にぎにぎしく置いてきた。その時々のありったけで作ってきた猫たちのための「雨風しのぎ」で、知らない人が見たらホームレスの人の住処にも見える。中を覗くと「なんじゃこれ?」だ。寝箱がいっぱい入っている。 日曜日だったので、中をいくつか更新してきた。作業が終わり、ごはんの片づけも済み、ベンチに座ってその空間をぐるり眺めながら、ここに入らず夜を過ごす猫たちのことを考えた。 私はここの猫たちと一緒に生きているつもりだけど、彼らは私と一緒に生きているとは思っていないだろうなって。 茶色の笹の葉っぱが落ちてくる。竹藪の周りの大きな木からも、いろいろな葉っぱが、落ちてくる。竹やぶの中をかさこそ行き交う猫たちの足音が、静かな夜に響くのかも。 |
Sat, 23 Nov 2002
にゃんにゃん感謝の日
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薬の仕込みを変えた。 ごちそう缶だけで小さく包む。この前より成功だ。 風邪小僧ピンちゃん、竹藪につむじ風を拵えそうな勢いで突っ込んでくる。元気だ。 小さなお皿にごちそう缶をあけ、薬を混ぜて勧めたらちゃんと平らげてくれた。 水っぱなの鼻ちょうちんにしょぼしょぼ目のコクニ。 ごはんは食べていったけど、元気なし。人目につかない畑に回り込み、里芋の葉っぱの下で、寒いのに一人でうずくまっていた。 畑と原っぱを仕切る茂みで、コキジといっしょに丸くなっていたノコちゃんを見つけた。 チーコは早々に寒い外を諦め、猫舎の寝箱に入った。青っ洟が出ている。 2時間余り猫たちのそばにいて、うー、芯まで冷えた。 サビちゃんばかり抱っこしたり肩に乗せたりして、お母さんが「エコひいきじゃ」と非難の目で見るから、交代。下ろされたサビちゃんが私から離れず、隙あらばもう一度、と顔を伸ばしてきてお母さんに叩かれた。 ソックスやガチャも甘えん坊だけど、ピンちゃんやサンタが彼女たちの長居を許さないのだろう。いつの間にか消えている。 昨夜、こつこつと河原猫のための買い出しを続けて下さっている友人夫妻が、車で大量のフードを運び届けてくれた。 河原猫40数匹の世話、多方面から励まされて、細々ながら平和に続いている。にゃんにゃん(ありがとう)。 |
Fri, 22 Nov 2002
カイロ交換
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寝箱の敷物の下に手をさし込み、昨日のカイロを出して新しい物と交換する。効力は無くなって(もう冷たくなって)いるはずなのに、まだ暖かいのは、つい今し方まで猫が居たということ。 実はまだごはんに出陣していない猫が箱の中にいて、奥の方で身を縮め息を詰めていて、がさごそされてたまらなくなって飛び出してくる場合もある。 なんでだか、こんな事でカンドーしてしまう。 早朝、河原へ行く途中、冬枯れた草藪でうずくまる猫や、ゴミ集積所でこそこそしている猫など見かけると、ああ・・と思う。 何もしてあげていない場所からエサ場に通ってくるソックスやタビちゃんが歩いてくるのを見ても、同様だ。 あれっきり会えないでいる小夏はどうしているのだろう。 |
Thu, 21 Nov 2002
薬オニギリと親衛隊
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いつもの「ねこまぜごはん」から、本日は特別に「お薬オニギリ」を作った。 皮膚疾患用粉薬を芯にしたのと、目鼻くしゃみの風邪薬粉と2種。みんなの顔を思い出しながら、2コと4コ、別にラップで包んだ。皮膚疾患組のまさおくんとクニクニは鼻がしっかりしているためか、オニギリのだんご形を怪しんだのか、首を引いて目をしばたたき、そっぽを向いた。さらにしつこく、どうぞどうぞ遠慮なく召し上がって、と迫ってみた。嫌々口を付けたまさおくんはちょっと食べて場所変えした。 クニクニは頭を振って食べ始めたものの、薬の核心に近づいた所で放棄した。 お目当ての風邪ひき小僧ピンちゃんは現れず。 風邪組は、鼻の詰まった子が比較的だまされて食べてくれた。 食べ始めを注意深く見ていても、ちょっと目を離した隙に他の子と入れ替わっていたりする。もっと時間のあるときに出直しだ。とても大事なことなのだ。猫たちに薬を飲ませるのは難しい。今日迷ってやめにした手法は、まんべんなく薬を混ぜ込んで、トッピングに「ごちそう缶」。 いつものごはんで包んで、「一生懸命食べているうち薬も飲んじゃった」を目論んだ今日の手法は、最終的には目標を達したのかどうかわからなくなってしまった。もっと小さなオニギリだったらいけたのかも。 食べ終わったチーコが、朝日の当たる所へ出ていった。東向きに香箱作って目を閉じる。 ノコちゃん、頭一つ下がって、同じ姿勢でチーコに倣う。 ノコちゃんがチーコに寄り添う姿はこの所頻繁に見ていて、猫にも人(猫)恋しい秋なのか、寒いからただなんとなく誰かにピトしたいだけなのか。 その対象が何でチーコなのか。 チーコも寄り添われて、満更でもなさそうだ。 かといって嬉しそうでもなく、いつものように愛想無しで、その時向いた方向のままじっとしている。 「チーおねいさん・・今日のお日様はありがたいですね」 「・・」 「・・なんだか神様に会っているみたいですね」 「・・」 しばらくしたら、今度は「尊敬しちゃうなー」のコシロが増えていて、なんともまた無神経に、チーコの顔を斜めに見る格好で対峙していて、でかい体で日射しを遮っている。 それでもチーコは動かない。怒ってもいない。 この3人の奇妙な固まりにチビまゆこちゃんが加わり、後ろに回ってチーコのおしりの方にうずくまった。目を閉じた3人の後ろで、どうしたら良いか考えている。 3親衛隊に囲まれて、なんだか幸せそうなチーコだ。 猫たちが神々しい。 |
