Tue, 07 Sep 2004

サムヤーー




一ちゃんが走ってきて、
すぐそのあとにミス河原が土手を斜めに駆け上ってきた。
サム君は今日も姿を見せず。

三毛おばちゃん遅れて登場。ご機嫌ナナメだ。

サム君に関して思うことが沢山ある。

土手を通る人に呼ばれると
人懐っこく甘えていた黒猫「ミス河原」と出会った頃のこと、
その薮の向こうに、おじさんが居た。
一ちゃんが流れ着いていたのを知って驚いた。
金ちゃんも居て、みんなでおじさんを囲んで暮らしていた。
サム君はおじさんだけにべったりの人見知りで、
預かって手術に運んだときは
本当に怖い思いをさせてしまった。
お母さんのミス河原と同じ先生にお願いしたくて、
行き帰り10kmの道のりを
サム君を自転車に積んで必死で走った。
可哀想だった。

猫に囲まれながら貧しいたき火で煮炊きするその人は、
若くはないけど、老人でもなく、
おそらく私と同じ年代の人だろうと思った。
社会生活を捨て、一人で河川敷の藪の中に生きており、
きっとそれは猫たちとあまり変わらない孤独なその日暮らしで、
なぜそうした生き方をしているのか、尋ねることはなく、
ただ辛いだろうなと内心思うだけに留めた。

河川敷に何度か草刈り工事が入っても
おじさんの薮は深まるばかり。
いつの間にか茂った樹木と草に埋もれ、
暮らしぶりも見えなくなった。
前は火を焚く姿や煙が見えたのに、
そういえば最近見ていない。

ミス河原たちの薮の隣に松林がある。
そこにあった小屋には、たびたび立ち退きを要求する札を下げられながら住み続けた人があった。ある日扉が開かれたままになり、中の人が消えていた。長いこと放置されたあと片づけられた。
松林に積まれたダクトの筒も
その人の住居跡も、
きっと猫たちが雨風しのぎに
入っていただろう。

おじさんは果たしてまだあそこにいるのだろうか。
ミス河原たちは、ひょっとしたら
猫だけになって暮らしているのかも知れない。
ミス河原たちは、見捨てられ
置き去りにされたのかも知れない。

サム君が私に抱っこされ
膝の上でくたっとなった。
おじさんだけのサム君だったのに、
私に身を任せる気分になっていたのは
ひょっとしたら
おじさんと別れたためではなかろうか。

そして私に甘えたように
土手を通る人に呼ばれ、
お母さんのミス河原のように
甘えてみたのではなかろうか。

どうかひどいめにあっていませんように・・
神様、
あの子が酷い目にあったとしたら、
私はどうしたらいいでしょう。

明日でも明後日でも良いから、
けろっとした顔で出てきてくれますように。
それだけが今日の願いです。

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河原猫の日記



    
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