Wed, 20 Sep 2006
秋草の原
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7月末にきれいに草を刈ってもらった原っぱに、秋の草が素晴らしい勢いで繁茂した。どのくらい凄いか・・言葉に出来ないくらい凄い。猫たちが上手に隠れて過ごしている。ひょこっと顔を出したときが面白い。原っぱを囲む棒杭を見て、ふと吾輩の一節をおもった。河原の猫たちは明らかに、「吾輩」の血を引いて繋がっている。ピンちゃんにその自覚があるとは思えないが、やっていることは一緒なのだ。胸張って良いぞ。ぴんのすけ。 「大空は万物を覆うため大地は万物を載せるため出来ていて、この大地大空を製造するために人間はどのくらいの労力を費やしているかと言うと、ちょっとの手伝いもしていない。自分が製造していないものを自分の所有と極める法は無かろう。自分の所有と極めても差し支えないが他の出入を禁ずる理由はあるまい。此の茫々たる大地を、小賢しくも垣を巡らし棒杭を立てて某々所有地などと劃し限るのは恰もかの蒼天に縄張りをして、この部分は我の天、あの部分は彼の天と届け出るようなものだ。もし土地を切り刻んで一坪いくらの所有権を売買するなら我らが呼吸する空気を一尺立方に割って切り売りしても良いわけである。空気の切り売りが出来ず、空の縄張りが不当なら、地面の私有も不合理ではないか。如是観によりて如是法を信じている吾輩はそれだからどこへでも這入って行く。尤も行きたくないところへは行かぬが、志す方角へは東西南北の差別は入らぬ、平気な顔をして、のそのそと参る。中略・・然し、猫の悲しさは力づくでは到底人間には叶わない。強勢は権利なりとの格言さえあるこの浮世に存在する以上は、いかにこっちに道理があっても猫の議論は通らない。 理はこっちにあるが権力は向こうにあるという場合、理を曲げて一も二もなく屈従するか、又は権力の目を掠めて我理を貫くかと云えば、吾輩は無論後者を選ぶのである。」 人が来たら逃げなければいけない原っぱやキャンプ場だけど、今日は平穏に、平和に、猫たちが草に埋まって過ごしていた。 猫たちの食欲は一段と増して、秋草の繁茂に合わせて秋を実感する。 マダラ、ハッチ、シンシンブー、白ぶちズーズー、シロママ(ちょっと不調)ヨーコママ、シンクロ小夏クマちゃん、黒長、トラちゃん、コキジ、キジマル、ケイちゃん、洋ちゃんアミちゃん、きじお、コシロコハチ、顔の大きな黒猫、筆シッポ、曲がりシッポ、ビータン、ロボ、ヒゲゾウ、影丸、ミルク、花子、ララちゃん。確認猫数29。 猫缶大8個ごちそう缶2個+現場で追加ごちそう缶4個レトルト6袋、ドライ1.5kg、ミルク500ml。 写真上 秋の草 写真下 ヨーコママ 河原猫の日記「ウェブランキング」に挑戦中 |
