Thu, 29 Sep 2005

オニギリ




シンクロは最初に自転車を止めるガオの道にいる。
ハッチとマダラが駆けつけ、薮に入る。これもいつも通り。
それから新ちゃんが来た。今朝はトラブル無し。
白ママヨーコママタビちゃんは、原っぱの隅で待っていた。
後からミルクも来た。
竹薮からぞろっと出てきたピンちゃんたちが、ママたちのごはんに首を突っ込んで妨害したけど、
私が移動したので慌ててついてきた。
竹やぶの中に集まったのは
まさおくん、トラピン黒長、コシロクニクニロボきじお。
食べる場所が決まっている常連さんたちと、
決死の突撃コハチ、唸りのキョウコ。
洋ちゃんアミちゃんビータンケイちゃんキジ丸。

お皿洗い応援の友人、遠方より帰還し、昨日から小夏弁当を届けてくれている。
今日も安心だ。だっこしたらフミフミされて爪が痛いと言っていた。竹薮にだっこできる子は・・いない。
確認猫数24。


両手に杖で、おじさんがカタツムリのようにゆっくり体を運んでいた。
水のボトルが入った重い袋を受け取って、おじさんの住居までひとっ走り届けてあげた。
悪いな、有り難いな、と申し訳なさそうだったけど、安心して私のお節介に付き合ってくれた。
助けていると思いあがるほど介入しているつもりはない。
ほんの小さな親切止まりだ。
先日、管轄の福祉課へ電話した。
担当者が乾いた声で淡々と応対してくれた。
最初に急患で運ばれた病院で保護決定の書類を渡し
病院の支払いのための一時貸し付けをして、しかるべき施設を紹介してあったのだが、退院後連絡が途絶えたので
「行方不明」で処理された。
治療終了=退院=病気は治った のだ。 
おじさんは紹介された施設へ行かずタクシーで河川敷へ直行し、車を降りてから一歩も歩けず這っていたのを仲間に助けられてねぐらへたどり着いた。歩けないのになぜ食い下がらなかったのだろう。退院せよと言われ素直に退院した。
もしも保護を希望するなら、再び病院へ行くように、と言う。
病院は必ず「(医療費の)取りっぱぐれがないようこちら(役所)へ連絡してくるから」
また書類を作ります、という事だった。そのままをおじさんに伝えたら、少し考えてみると言う。
保護されるというのは、ハタで思うほどラクではないのかもしれない。
そんな状態でなお河原暮らしを選ぶのだろうか。
自分の朝ご飯に、梅干しごま塩おにぎりを一個持っていたのを、
おじさんにあげた。
人から施しを受けるのは辛かろうと思った。

写真上 草にしがみつくバッタ
写真下 色柄で損しているけど、
    マダラはとてもかわいい女の子だ

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河原猫の日記



    
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