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Thu, 18 Dec 2003

本日は「ぼやき」あれこれ




まっちゃんがいたので、とても嬉しかった。
サビちゃんの時も、
富士子の時も、
最初は、あれ?今日はいない。どうしたんだろう、、だったからね。
あの悲しい過程を辿るのはしんどい。
去年の今頃は、サビちゃんや富士子を膝に乗せ、どうやって下ろして帰ろうかと途方に暮れた。寒くて我慢ができなくなるまで、時間が無くなるまでそうしていた。いまは膝に乗って頑張る子はいない。だれもそれを私に望んでいないのだから、寝た子を起こすような無慈悲な習慣をつけぬよう、一線踏み越えぬよう気をつけている。私自身もかなしいし、人の膝で甘えるような、やわな環境でない河原で生きる猫たちを、今以上に辛い目に遭わせたくないからだ。
ガオちゃんをだっこしたのは迂闊だった。
全く呼び覚ましてしまったのだ。飼い猫だった頃の記憶。
責任を取って(なのかどうか)止まれぬ思いで家に連れて帰った。
日の当たらない部屋でじっとしているだけの暮らしでも、ガオちゃんにとってそこそこ幸せなら良いのだけれど、そう願うのだけれど、何とか食いつなぎながら日向ぼっこしたり、気に入らない猫と出くわさぬよう調整しながら一人で生きていた時のガオちゃんは、気張っていて、元気だった。

ミュートもコクニも、見失った。
ゴロリもミミちゃんも、
・・やめよう、
名前を挙げたら苦しいばかりだ。

不測の事態にはいつだってうろたえてしまう。


富士子が消えたときの胸の痛みは言いようがなく、
甘えん坊だったから、
私と別れて悲しんでいるのではないかと、
手前勝手な想像をして、さらに悲しい。

・・それもやめよう。

そんなふうに忘れられない気持を引きずりながら、
今居る子達ひとりひとりの様子と、まいにちの暮らしを
みまもるのがしごと。
仕事って、お金を稼ぐ事だけじゃなくて、
仕える事という意味で行くと、
河原の猫たちの命を支える事も仕えることで、
仕事だよね、きっと。
なんて、
しょうもないことをブツブツ。

水槽の中であんなに沢山、ちっさいコリドラスの稚魚が跳ねて居たのに。ぽつりぽつりと弱い個体から消えていき、親と同じ姿形になって「おいらはここの生まれだよ」と言っているのは、ほんのわずかになったみたいだ。濾過器も出したままだし、劣悪な環境で生き残るのが難しかったのかも知れない。
どうにもならないことだけど、責任を感じる。

写真は「まっちゃん」
原っぱのイチョウ



河原猫の日記



    
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