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You are currently viewing archive for 27 October 2003Mon, 27 Oct 2003
水槽の稚魚
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昨夜、二つ並べた60cm水槽を一気に掃除して、解説書通りの「水替え」を行った。このところ掃除の間隔が開きすぎて、汚れ具合は限界をこえた。夏の間にぽつりぽつりと死んでしまった魚を思うと、癒しどころか気鬱の水槽で、ほとほと難儀していた。(許してね、水草と魚たち!)どちらの水槽にもコリドラスがいて、右の水槽では、夏から何度か卵が産み付けられた。どうやったらあんなふうになるのか、ガラスの壁面にも水温計にも、濾過器にも、無数に小さな白い卵が付いた。エビの餌になってしまうか、産んだ当人が食べてしまうか・・。 それにしても、いつまでもそのままで、孵る気配もないまま苔が生えてしまった。きっと皆♀だったのだと思って期待もしていなかった。 底砂をかき回してお掃除ホースで汚れた水を吸い取り、ガラス壁面の苔も卵もきれいにこそげ落とし、苔のついた底砂の粒も、ピンセットで取り出して捨てた。いつもは水草も全部抜いて枯れた葉を整理し植え直したり、濾過器も出して部品を一つずつ丁寧に洗ったりするのだけれど、昨日はそこまで気力がなかった。大きな石だけ出して洗って戻した。 すっかりきれいになった水槽を何気なく見たら、糸くずみたいな魚がいた。5mm縲怩ケいぜい7mm、底砂の粒より小さな透明な体に、頭の先だけ少し黒い稚魚だ。思わず目を瞠り、座り込んで、かぶりつきで中を覗き込んだ。自分のやったことを思い返し、流しの排水溝の水切り袋!と思った。無駄だ。もう遅い。あの卵が全部孵ったら、この水槽では養えないだろう。 濾過器に吸い込まれたり、ヒーターに近づき過ぎて昇天、なんてことはないのだろうか。よくこんな小さな体で生きぬいてきたと感動した。 猫の神様は、この地上で命を営む猫を須く見守り、生き残れずに果てていく猫たちを悼み、しぶとく生きていく猫たちを頼もしく思い、喜び、励まし、猫の持つエネルギーの全き体現者として、猫のもつ情緒の最も豊かな保持者として、猫の持つ特性全部を昇華させたかたちで、この空の遙かな高みに存在するのではないかと感じる。 猫たちに不幸はないのだと思いたい。 生き残る子達を残すために、死んで行かねばならない子もあるのだ。 命というのは、 残るもののなかに、失われたものの総数分の光を放つのだと思いたい。だからきっと美しいのだ。 失った子達の分まで生きて欲しい。 どんな境遇にあっても、命を輝かせて生きて欲しい。 猫も人も大差なし。 |
