- 長い事やってきた人形劇の仕事を引退し
- 慣れない勤め仕事を始めた頃、
- 自分は
水槽の中の魚だったのだと思いました。 - 何をするにも息が苦しい・・
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- この時期を乗り切るために、
- 年甲斐もなく大学生になったりして
- ドロップアウトしてやり損なっていた勉強に熱中しました。
- 5年半かかりましたが
無事単位を取り終え卒業しました。 嬉しかったです。 - 電車通勤が苦痛だったので、
自転車で通う事を思いつきました。 - 川下に向かって
土手のサイクリング道路を走れば、 - 電車で行くより早く職場に行けたのです。
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- ほんとうに良いことを思いついたと、
- 朝夕元気に走りました。
- 住宅地を抜けて川に出ると、
世界が変わります。 - いかに自然から遠ざかった暮らしを
してきたか - 四季のない生活をしてきたか
- 走りながら痛感しました。
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- 携わっていた舞台では全てが「つくりもの」
- 背景幕やパネルに描かれた見事な風景、
草花、季節・・ - 舞台美術家が表現したものでした。
- お日様の光も、月明かりも、星も、
- 照明さんのマジックで創られたものでした。
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- 過去もなく未来もなく、
- 家族のことも、
- 日常生活につきものの雑多なこと
全て かっ飛ばして旅をする暮らし。
- 浦島太郎みたいに、時の経つのも忘れて
- 作り物の世界で踊って過ごしたのです。
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- 鍛えられたのは心臓と筋肉。
- 99%地獄でも
1%の至福感のために 力を振り絞れるど根性。 - 自転車通勤の行き帰り、
- 河川敷のあちらこちらに猫がいるのを
不思議な気持ちで見ていました。
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- 猫ばかりでなく、ウサギもいました。
- 飼えなくなった人たちが
捨てたのだと思いました。 - ウサギのぴょこたんは
目が外側についていて - どこを見ているのかよく判らない・・
- お友達になろうと草の上に座っていたら、
- ジグザグ、ジグザグ走るうち、
- ふいにすぐ側までやってきて、
- いきなり私にオシッコをかけました。
- 何を考えているのやら・・・
- また座ってニンジンをあげていたら、
- 散歩の人から、
- そのウサギはあの小屋で飼われているのだと教えられました。
- なーんだ、ちゃんと保護者がいるのね。
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- もぐら塚の黒々とした土盛りが動いて、
- まさにモグラがそこまで出かかっていたときにも自転車を止めました。
- こんな土の下にもいっぱい生きているのね。
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- 猫はお日様が大好きです。
- どこから出てくるのか
- 朝日に向かって
棒杭の上にちんまり座る猫、 - 竹藪を背に哲学する猫、
- いちど見つけると、
- そこを通過するたび、
ついつい姿を探すようになります。
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- 子供の頃、
- 親にせがんで飼う事を許してもらった
犬たちを、 - 思い出すたび詫びています。
- 辛い気持ちになります。
- 東京湾に面した海辺の町でした。
- 海苔干場や海で
捨て犬をよく見つけました。 - 自分なりにかわいがっていたので、
- 楽しかった思い出もいっぱいあるのですが、
- どうしても許せないのが
- きちんと世話をしてあげられなかったこと。
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- 特に雨の日、
鎖に繋がれた犬が 散歩に連れて行ってもらえず - 悲しい声で泣き続けた末に、
仕方なしにそこでする。 - 排泄物と雨でぐちゃぐちゃになって、
なんて惨めな有様だったことか・・。 - 私たちは、
散歩の順番を言い争って兄妹喧嘩。 - みんな雨の日は外に出たくないのです。
- 親は生活のために忙しく、
それどころではない。 - てんでなっちゃいなかった、
- ひどい目に遭わせた、
- 最低だ。
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- それから、男の子達が子犬を紐で結んで、
- 田圃に落として遊んでいたとき、
- 落としてそれを引きずりあげて、
また落とす。 - やめてやめてと泣くばかりで、
- 子犬を助けてあげられなかった。
何で体を張って止められなかったのだろう。 - 何で抱きかかえて
逃げようとしなかったのか、 - いまでも悔やまれてなりません。
- てんでなっちゃいなかった。
- ひどい目に遭わせた、
- 最低だ。
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- 昔々、姥捨て山というのがあって、
- 貧しい農村でお年寄りが山に捨てられる悲しい慣習がありました。
- 人間の子供も、間引きされたり売り買いされた時代がありました。
- 映画や本や
昔話「安寿と厨子王」で、知りました。 - いまでも子供達が
実の親から虐待されたり捨てられたり、 - 売り飛ばされたり・・
- 世界のどこかで起こっているのです。
- すぐ身近にもあるのかもしれません。
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- 人間が行っている全ての残虐行為に
勇気を持って それはいけないと 言っていかなければいけない・・
- 常々思いはしても、
何をして良いのやら、 - 空回りして、途方に暮れてしまいます。
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特に大きな志を持って河原の猫たちに 関与し始めたわけではありません。 - いつだったか、
仕事の帰り道、 暗くなりかかっていた土手の道で - 仔猫の鳴き声に自転車を止めました。
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- 仔猫はすがるように
私の足下にくっついて来ましたが、 - その顔を見て叫びそうになりました。
- 両目が潰れて、ボロボロでした。
- それは、だれかが、ひどい悪意を持って
- 仔猫の目を潰したのだと、
- その結果なのだと、
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- 告白しますが、私はひどい人間です。
- ただ恐くて触れぬまま
- ああ、ああと言って、
- 涙をこぼしながら走って逃げました。
その消えかかっていたちいさな命と 対峙できる精神状態では なかったからなのですが、 - 見つけた自分しか助けられなかったのに
- 逃げて行く自分に絶望していました。
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- 翌日同じ場所を通るとき、
- 行きも帰りも仔猫の姿を探しましたが
- それっきり
二度と会うことはありませんでした。
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- 2000年の春、
- サビ猫がぽつんと土手を見上げているのに
気が付きました。 - サビちゃんの目は
目やにで潰れていました。 - 自転車を止め、土手を下りていきました。
- それが河原猫と出会った最初です。
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- 「今度は逃げない」
- 決めていました。
- 子供の頃からの償い、
- 取り返したかった自然、
- 見つめ直したかった自分、
- 人間のために
- ひどい目に遭っている動物たち。
- こんな近くで
助けの必要な猫たちをみつけたのだから、 - できる限りで付き合ってみたいと
思いました。
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- 職場でもたびたび捨て猫に遭遇しました。
- 家に連れて帰った小さな仔猫と
- 初めての猫暮らしをスタートしていました。
- 河原の猫たちに関わる決心をするとき、
- HSUSのシェルターを見て
動物愛護を学ぼうという - 趣旨のツアーに参加しました。
- この経験は、
更に一歩踏み出す心を決めるのに、 - 大きな契機となりました。
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- これから先のことはまだ判りませんが、
- 自分に残された時間は、おそらく、
- 猫たちと生きることで
費やされていくのだろうと - ぼんやり思う今日この頃です。
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- 河原の猫たちと関わり初めてから、
- 沢山の
優しい人々と出会うことができました。 - 沢山の優しい人々から励まされました。
- 猫たちのフードや物資を送って下さり、
- 不妊手術を進めていく力を貸して下さり、
- 暖かいカンパをいただき、
- 保護した子達の里親探しを応援してもらい、
- 里親さんになって下さった方たちも、
- 残った子達の毎日を案じて下さっています。
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- 猫たちのために走って下さる方たちに
感謝を込めて、 - また、
- 私を走らせてくれる猫たちに感謝を込めて、
- このホームページを捧げたいと思います。
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