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河原猫の世界

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単独組

別のねぐらから来る猫たちです。

 
      永遠のチャンピオン猫「マサルさん」♂    
       年齢不詳  ねぐら不明    謎だらけ     

  
Oct 1999
一番古い河原猫の記録写真(友人が通りがかって撮ったもの)で、
その姿が確認されている。
河原でしぶとく生きている。
どこで生まれたのか、飼い猫だったのかずっと野良だったのか、
いつもどこにいるのか、とにかく何も判らない。

漫画に出てくるボス猫「マサルさん」から名前をもらった。
アーオンアーオン言って歩くと、
まわりの猫たちが震え上がってしまうという強者。
河原のマサルさんは百戦錬磨で、
2000年春は大型雄猫一太郎やクロボスと、
河原猫コロニーのトップに君臨していた。
黒白3兄妹の「父」かもしれない。
河原生まれの黒白猫たち、
みんなマサルさんの子孫ではないかと思う。

なんとしても不妊手術に至れず。
頭が良くて、どのようにしても決して捕まりはしないのだ。
2003年頃からくたびれてきた。
シラミにたかられて、
痒さの余りてんかん発作のようなものを起こしたり
ハゲもできた。
蚤取り薬をなんとかかけてやろうとあの手この手で迫って、
ことごとく失敗した。

図体に似合わずミルクが好き。
「天使の口ひげ」のマサルさんもなかなかだ。


              

         鋭い目
                       決して笑わない 

                        ミルク ・・ まだある?   

       








     

                              
   
17Sep2005 チャンピオンの最期


「友よ・・盟友、、一ちゃん・・やい! いじだろうっ!!」
「だれだいボクをらんぼうに呼ぶのは・・
あれ?マサルさんじゃないか。久しぶりだね、どうしたんだい?」
「俺ぁもうダメだ、ちょっと出てきてつき合えよ」
「だめかい?惜しいな・・だってホラ、もうじき満月なんだよ、
祭りに参加して一踊りしてからにすリャ良いのに。
見事な月夜になるらしいよ。え?祭りはキライ?
そうだろうね、キミはいつだって裏街道行く暗い男だからね。」
「一回余分に満月見たところで、偉いのか?
得なことは何にもないサ、俺ぁもう十分だ、とにかくもうダメだ」
「マサルが駄目だって?」
「お、クロボスおめぇも来たか、ウレシイな。
おまえらどうだい?」
「いたって快適さ」 「快適さ」
「ぼくらはエサに寝返って毎度美味しいごはんを頂いたけど、
キミは最後まで折れなかったね」 「男の道を貫いたね」
「最後くらいはシャーじゃなくて挨拶しようと思って名前を呼んだんだ。
・・けど、間違えた」
「なんて言ったの?」 
「メシ・・・」 
「えー、アイツはメシじゃなくてエサだよ、あはは」 「あはは」
「で、慌ててごはんとミルクをさ、並べてヤンの」
「あはは」 「グゥハハハ」

「一太郎とクロボスと俺と、良く決闘したね」 「したね」
「キミが一番強くてかっこよかったよ、黒白でサ」
「俺は真っ黒だし」 「ボクは薄いし」
「俺一太郎嫉妬してた」 「なんで?」
「そこはかとなく上品な柄じゃねぇの」
「キミ口は悪いけどメリハリあって格好良かったよ、チャンピオンだよ」
「チャンピオンだね、一番長生きだったし」
「彼女もいっぱいいたし子どももいっぱいいたし・・」
「・・一太郎よぉ、ミス河原んとこの黒白坊主、
あれ俺の息子、世話になったな。
ミス河原? あいつにシラミもらってから会ってねえな」
「えーやっぱり! ボクはね、彼女に色々教わったから感謝してるよ、
息子もかわいいよ、仲良く暮らしてあの頃ぁ良かったな・・」
「ノラネコの幸せなんざ儚いものよ、いつだって突然の激変に翻弄される、
ここもいつどうなることか・・」
「そんなこと無いよ、エサの覚悟は固いって評判だよ」 「評判だよ」
「おまえら疑うって事なくてめでたいな」 「めでたいよ」 「ボクも」 
「毎日必ず」 「必ず来るよ」 「があはっはっ」
「猫ミルク毎日飲めて幸せだったね」
「美味しかったね、ぼくらみんなミルクは好きだね」 
「おかあさんを思い出すからね」
「・・・」  「・・・」
「あ、ちょっと辛くなっただろ?」 「・・あはは」 
「笑っちゃうしかねぇな、あはははは」
「順ぐりに挨拶して回ったんだ、ヒゲ一本ずつあげてきた」
「ふぅん、チャンピオンはやることが憎いね」
「キミも随分頑張ったことだし、もういいかもね」
「寒くて暑くてどうにも辛いって?
 じゃぁ朝までみんなで一緒にいよう、さすってやるよ、どうだい?ラクかい?
もう夜が明けるよ、みんな出てきて挨拶したいって並んでいるよ」
「仰々しいのはキライだから散っていろ?」
「来るなー来るなよー、散って普通にしてろー!」

いつもどおりエサが来て、
みんなが食べるのと配膳で行ったり来たりしているのを眺めながら、
マサルさんは細い息で横になっていました。
エサがそういうマサルさんに気がついたのは、
全部終わって竹藪を出る時のこと。
薄く開いた目に朝の光を当て、
律儀にサヨナラを言ってお別れしました。
エサには、
マサルさんにぴったり寄り添っているボクもクロボスも見えません。
あっ と言って、マサルさんをじっと見ていました。
ボクの隣にマサルさんを埋葬したのは、
すぐ後で駆けつけたヒゲオヤジでした。
エサが連絡したようです。
エサとヒゲオヤジは、ボクのそばに と、
自分で場所を決めたマサルさんの遺志を理解しました。
河原のチャンピオン猫、
人間に最後まで抵抗の姿勢を貫いた反骨精神は、
食いながら反抗するんで「メシ」と言い、
耳を食う「エサ」という呼び名を気色悪がって、
ワザと間違えました。
僕たちがみんなで一緒に渡る人を待つ虹の橋は、
どこか遠い所にあるのではなくて、それぞれです。
ボクにはここが虹の橋の原っぱです。
河原一太郎 記
 
Fri, 17 Jan 2003

新しい黒猫

寒さが少しゆるんで気持ちのいい朝。
後ろのタイヤが潰れているのも構わず、土手をずっと飛ばした。
もうすぐみんなの所だという時、こんもりと樹木が立ち並び始めたあたりで、
自転車を止めて猫を見ているおじさんと遭遇する。
下に黒猫がうずくまってこちらを見上げており、
少し後ろに、藪を背にして丸子がいた。
こんなに(エサ場から)離れた所に来ているのかとびっくりする。
「どちらも人懐っこいよ」
丸子がそうだというのはわかるとして、
黒猫を見るのははじめてだった。
・・なるほど・人に慣れている。小柄で痩せた女の子だ。
「子どもがいたけどカラスに持って行かれた」そうだ。自然は残酷だねって。
でも、カラスは山で七つの子をそだてているはずで、
里でゴミ漁りをしたリ、外で生まれた猫の子をさらっていくのは自然なんかじゃない。
山もない。土もない。
みんなでよってたかって、草や虫を殺すのに夢中だ。
庭をセメントで固め泥道をアスファルトで覆い尽くした。
どうだ、立派なモンだろうって威張っているけど、
いつかこのアスファルトも後の世の人たちに笑われるのだ。
うずくまっている黒猫が痛ましい。
リュックからごはんを出して降りていくと、丸子は後ろへ下がった。
黒猫は逃げない。混ぜごはんを黒猫に置く。
背中を撫でても逃げず、夢中で食べ始めた。
丸子はその黒猫と仲が悪いそうで、一緒には食べられないらしい。
丸子の分も別にして置いてあげた。
おじさんが黒猫のそばに座って、おいしいか?って聞いていた。
何となく暖かい気持ちになってエサ場へ向かう。

Mon, 20 Jan 2003

シラミの美人

ピンちゃんとサンタの兄弟、そろそろ2歳になろうかという雄猫で、
ともに早い時期に不妊手術は済んでいる。体型もスリムだし、
どちらも慢性っぽい涙目や鼻器官炎の症状を持っていて、
エサ場を仕切るほどの貫禄はない。
にもかかわらず、なぜか中心を構築する「顔」になった。
この子達に嫌われるとゆっくり食事ができない。
猫を探しに行って、松林のはずれに一太郎を発見。
こんな所まで来ているのかと驚く。
が一ちゃんを名簿に書き込んで「来ない、また来ない」と思っていても、
あちらにはあちらの事情があるようだ。ガチャも丸子も、
特にサンタには激しい追い立てを食っていたから、
他に食べ物を得る方法さえあったら決死の覚悟で来ることもないのだろう。
エサ場を形成する群れの数には、だいたい30くらいのボーダーラインがあり、
数に応じてエサの量を増やしてはいけないのかもしれないと思った。
この前と同じ場所で見つけた黒猫は、ごはんに反応して歓迎してくれた。
シラミにたかられていて、後ろ足の毛がごっそり抜けており、
とても可哀想な状態だった。
面から見る顔は、うむむ、完璧な美人だ。
治してあげたい。
治ったら「ミス河原」だね。
22Jan2003
今朝の河原でごはんを一番に食べたのは「ミス河原」。
丸子と一緒に、遠隔地で孤独にノラをやっている、美人黒猫だ。
積もった枯れ葉に半分埋もれて、日光浴中だった。
ごはんにかぶりついたところに背後から忍び寄り、フロントラインのスプレーをシュッ。
「冷たいじゃないのっ」と思われる前に、
撫でるフリをしてかき回し、またシュッ。
そのあらわになったなまめかしい後ろ足に、
ピカピカの毛、ツヤツヤの毛、生えてこい生えてこい。
おまじないまでやってきた。
美人が掻きむしってちゃ、恥ずかしいし痛ましいし・・だからね。
15 Feb 2003
ミス河原のポイントに自転車を止めると、
少し離れた藪の中に半分身を沈めて日向ぼっこしていた「ミス河原」が
土手を駆け上がってきて、すぐ下の藪には丸子が見えた。
ミス河原の足に毛が戻っていて嬉しかった。
ごはんを運んでくる人間を見覚えて待っていた様子に、
散歩で通りかかった方が驚く。
別分けにしてきたトレイを二つ置いて、しばらく土手の上で立ち話ししていると、
食べ終わって嬉しそうにゴロンした丸子と一緒にいる黒白の子の姿を初めて見た。
驚いた。
顔の模様、首の白いエプロン、白いソックス、
死んだものと諦めていたグルーチョにそっくりだった。

2008年4月2日事件が起こり、人に慣れた子に次の犠牲が出る可能性があったことから4月6日ミス河原親子を緊急保護した。お家猫修行の一時預かりを経て、息子のサム君と一緒に4月27日、温かく迎えてくださる家族の元へ搬送した。
苦労した親子、もう外を彷徨うことなく、安心して暮らせる。
ずっと仲良く元気で幸せに暮らせますように

                薄幸の美人黒猫「ミス河原」♀

          

    
                           

 
                        



               
 
       びびりん小僧「サム」君
    ミス河原の子♂2002年秋生まれ

             

       
 ビビリだけど・・           アマエンボ

                    

 
                    

                  一ちゃんと駆け上がった土手

  
 
  2007年2月 無事を確認
2008年4月6日 ママと一緒に保護
     4月27日 ママと一緒に里親さんの元へ
 良い子で頑張るのですよ
 かわいいサム君 遂に河原を卒業


  


             

2003年1月17日、シラミにたかられた黒猫美人「ミス河原」を、
緑地入口の土手下に発見。
サム君は同じ場所で、ミス河原より少し遅れて2月17日発見した。
竹藪で見失っていたマユちゃんの子「グルーチョ」と同じような黒白柄だったので、
もしやと思って目を凝らした。


26Feb2003
 

ミス河原や丸子と一緒にいる黒白の子は、
グルーチョと間違えたから、“グルちゃん”にした。
藪の中で、大急ぎでごはんをかっ込んでいた。風邪をひいているようだ。
涙目だった。

別の子だろうと思いながら、姿を見ると「グルちゃん」の欄に○をしていた。

その後、藪の中で暮らしているおじさんから「ミス河原物語」を聞き、
グルちゃんが「サム君」と呼ばれていて、
ミス河原の生んだ仔猫の中で、たったひとりの生き残りなのだとわかった。
そこで生まれてそこから出たこともない、
おじさん以外の人間には絶対近寄りもしない、箱入り息子だ。
体も小さい。

ミス河原を3月21日不妊手術に運んでから

おじさんを説得し、ケージに入れてもらってサム君を預かった。

2003年4月2日、不妊手術、蚤駆除、3種混合ワクチン接種。

自転車で運ぶ道中泣き続けだった。
二日後、おじさんとママの元へリリース。

怖い思いをさせてしまったけれど、
元気に走ってごはんに来るのを見ると嬉しい。

お母さんと一緒のトレイに顔を突っ込んで食べている。

相変わらず用心深く、恐がりで、びびりん小僧だ



31Mar2003「おじさんのサム君」 

ミス河原のポイントではごはんを置かず、
彼らが集まっているおじさんの所を訪ねた。
丸子、一太郎、ミス河原、グルちゃん、ブルーピアスの金目までいた。
ごはんを預け、いつも待っている場所で待たせるのは目立って危険なので、
これからはここへ届けますのでよろしくお願いしますとご挨拶し、
不妊手術の済んだ子達の説明をし、
ここでまだの子はグルちゃんだけなので、ケージに入れてさえ貰えたら
後はここへ戻すまで責任を持ちますので、と説得した。
グルちゃんはやはりミス河原の子だった。
ミス河原は出産を繰り返し、ほとんどの仔猫が死んでいるのだそうだ。
生き残りの子には「サム」という名前が付いていた。
おじさんと一緒に寝ていて、人に慣れた子らしい。
グルちゃん改め、サム君だ。


12Apr2003「サム君ち」


養い主が居るとしても、彼らの暮らしはそう安心なものではなかった。
サム君のピアスはすぐおじさんが取ってしまい、ミス河原と揃って、
ヒゲを切られていたりもした。
聞いてみると、
入ってはいけないところに入りたがるから「切った」のだそうだ。
なんだか要領を得ない話だった。

やがておじさんが忽然と消えて、
ミス河原親子は別の場所に宿替えをすることになった。
それまでのゴミ溜まりは全て撤去された。
しばらくそこをミス河原親子の餌場として立ち寄っていたのだが、
新しいおじさんがまたやってきて砦を築かれてしまった。
土手の道へも現れなくなり、ここでの配膳を諦めた。

長い不明期間を経て、ミス河原がまた、土手の下で私を待つようになった。
安否がわからなくなっていたサム君、一年以上姿を見なかったのに、
2007年2月、食事するママのそばに来ているのを見た。
ミス河原から離れることなく元気で暮らしているようだ。  



ロンリーウルフの「コージ君」
♂年齢不詳(推定5歳)



 
                        声をかけると怒る
                       
痒くて ナサケナイ

竹藪エサ場で発見したのは2003年3月。
実はもっと前から見ていたのに、
マサルさんだと思って勘定に入れていなかったのかもしれない。
悲願だったボス猫「マサルさん」を、
ようやっと、
やっとこさ、
捕まえた!!
と、紐を引っ張りながら興奮した。
日記にも、その時の鼻息のまま、
「マサルさん御用だ!」なんてタイトルをつけた。
どうも違う猫のようだと連絡が入って、目が点になる。
え?

そういわれてよく見れば、マサルさんよりしっぽが短い。
顔の黒白柄の入り方も微妙に違う。
体に似合わぬ小さい耳は、
外国種の血が混じっているからだそうだ。
5.5kg。ヘビー級。
自信を持って「マサルさんです」と運んだあと、
獣医先生に名前をいただいた。


エサ場に居住権はなく、
キャンプ場を横切って破れビニールハウス群に消えていったり、
ミス河原ポイントであちらのメンバーとお食事していたり、
神出鬼没の流れ者。
河原猫に疥癬は無かったのに、コージ君は疥癬にやられた。

情けない情けない、痒くてタマラン
・・・コージ君・・・
それ、誰にうつされたのだ?

どうやら彼は、深夜早朝道路を渡って
土手向こうの住宅地にも行っていたようだ。
あちら方面の猫たちの情報収集したら、疥癬猫がいた。
熱心に私の運ぶごはんを食べに来てくれたのに、
「薬を盛られた」のが気に入らなかったのか、
構われるのがうっとおしかったのか、ふっと消えてしまった・・・


2003年8月8日、コージ君竹藪エサ場に復活!

そういえば・・マサルさんも昨年8月、
2ヶ月に及ぶ不明期間を経て復活している。
コージ君も帰ってきた。


風というのは、同じ場所をまた吹き渡ることがあるらしい・・
生きてさえいたら、また会えることだってあるんだね、

おかえり!また会えたね!


そうして再開できたのも束の間
彼はまた忽然と消えた。
道路を渡って住宅地へ流れていったのかもしれない。


洋ちゃんは、平成6年 仔猫のとき河原へ捨てられた。
みな目が青く、洋猫雑種のきれいな兄妹だったのだそうで、
兄妹猫はエサヤリさんが連れ帰り、洋ちゃんだけ河原に残された。
とても警戒心が強く、人に決して慣れない頑固者。
夏場は蚊に耳を刺され、ボコボコになる。

2001年10月、一騎打ち対決。
やっとの事で洋ちゃんの身柄 ケージに確保。
ぎゃーっと叫んで大暴れ。
当時3ヶ月くらいの仔猫だった「そばかす」が
洋ちゃんが閉じこめられたケージの周りを心配そうにぐるぐる回って、
イヌのように掘りだした。必死だった。
そばかすは洋ちゃんが夏に生んだ娘なのだと思った。


自転車に積んで家までまっしぐら、
動物病院に電話して不妊手術を予約。
連れて行く前に、フードが散乱して汚れたシーツを替えよう、、と
玄関
の外でトレイを引き出す。
その隙間に頭を突っ込んできて、逃げてしまった。
あっという間の出来事だった。
青い目をランランと光らせ、平べったくなって出てきた時の衝撃は、
今でも忘れられない。

全く私に慣れていない子を、どうやって取り戻せるか、、

ああ・・ドウシヨウ・・
絶望的だった。

チラシを作って、近所に貼ってまわって、捜索の日々、、
「外猫のごはんを目当てに似たような子が来ている、
お探しの猫さんではないでしょうか」

それまで空振りだった情報以上に有力な目撃情報が、
じつに家から200mも離れていないところから寄せられた。
Uさんが付き合って下さった冬の夜の捜索で、
探し求めていた洋ちゃんの姿をゴミ捨て場の塀の上に見つけたときは、
鳥肌が立った。
Uさんと作戦を練って、いろいろな形で色々な人に協力を依頼し、
12月初め、再捕獲に成功。不妊手術。
2ヶ月ものあいだ、
不慣れな場所で野良暮らしをさせてしまった。

竹藪奥で小屋掛けしているおじさんは
「飼っているわけではない」と言い、
洋ちゃんも
「人に飼われるほど軟弱な猫じゃないよ、私は」と、
相変わらず強気だ。
キジ猫♂アミちゃんと仲良しのところを何度も目撃した。
アミちゃん=洋ちゃんの相棒
ヨーコママ=洋ちゃんの娘 
そばかす=洋ちゃんの娘
ノコちゃん=洋ちゃんの孫

私の勘が当たっていれば、そういう相関図が浮かんでくる。
エサ場にはわりとコンスタントに通ってくる。

私を見あげる目から
憎悪のトゲトゲが薄らいで、
「そのせつはどうも」になった。
洋ちゃん追記
キャンプ場を、あの用心深い「コージ君」がいそいそと無防備に走るとき、いつもその先に洋ちゃんがいた。コージ君、洋ちゃんの青い目にクラクラーっと・・・「惚れちゃった」んだね。洋ちゃんはコージ君などまるで相手にしていなくて、毎度撃沈されていた。


洋ちゃんに触れるようになるなんて夢にも思わなかった
09Sep2004「洋ちゃん・・」
それから洋ちゃんに劇的な変化。


甘えん坊に豹変した。
    
アミちゃんとはずっと仲良しでいつも一緒に行動している。

 
2008/4/2 河原の竹薮で事件が起こり、4/4緊急保護
遂に河原から救出した。
 10日、運んだ病院で血液検査の結果、洋ちゃんに白血病で(+)が出た。
 5月11日 かねてよりお申し出のあったご家族の元へアミちゃんと一緒に運ぶ。

洋ちゃんとアミちゃん、ずっと離れずに元気で仲良く幸せに暮らして欲しい。


そのせつはドーモの「洋ちゃん」

平成6年春生まれの捨て子 ♀
              


           そのせつは・・


シャーシャー猫さんとは思えない
 落ち着きぶり



アミちゃんといつも一緒            

  


洋猫雑種 柔らかく美しい毛並み





ダンゴムシ




                
          



いじめにあっても岩のように動かず
いつのまにか竹薮の主となった
「トラ地蔵さま」♂




 



                      

      


 トラ地蔵さまも
 いつでも里親募集中!
Fri, 25 Nov 2005

トラの影




ボクはどこから来たんだろう
遠い昔のことで
すっかり忘れてしまった

うすらぼんやり
おし愛へし愛 兄妹たちと
お母さんのお腹を
押していたことを覚えている

耳に血腫が出来た時は
痛かった
痛かったけど
じき慣れて
どうでも良くなった

食っていくことの方が
ボクには
重大事だったんだ
ボクの縮れた耳は
勲章だ


ボクはどこから来たんだろう
気になるけど
そのうちそれも
どうでも良くなるだろうね
暇だから気になるんだね

とりあえず毎日ちゃんと食べて
しあわせだ

ボクはトラ地蔵
口数は少なく
滅多に笑わない
ついでに言えば
滅多に怒らない

★トラ地蔵さまは竹薮の主のように定着し、
仲の良かった子達を次々亡くし
すっかり淋しくなってしまったぴんちゃんの
良き「寄り添い相手」となって
穏やかな毎日を送り暮らすようになりました。
不妊手術、ワクチン接種は2003年6月。

クロスケにも慕われており
睦まじいショットが残っています。
女の子にはさっぱりもてませんが、
年下の男の子たちに懐を貸してやる太っ腹の持ち主なのです。

    




2002年初め頃、まだまだ寒い時期見つけた。
どこから来たのか不明だ。
3月不妊手術(妊娠していた!) ワクチン接種。
一週間家に置いて養生させてからリリースした。


甘えん坊の女の子が一人でノラをやっているのは本当に可哀想だ。
いじけ顔のガオちゃん、竹藪の常駐組になじまず、
まさおくんが特にガオを嫌い、
サンタやピンちゃんもプレッシャーをかけた。

見かける頻度は2週間に一度。
どうやって暮らしているのかさっぱり判らない子だった。
現れるときはかなりお腹を空かせていて、決死の覚悟で竹藪へ来る。
大騒ぎになる。


やがて竹藪へは来られなくなった。
キャンプ場向こうの畑で見かけるようになる。
破れビニールハウス群の中に、ねぐらを持っていたのだろう。
呼ぶと走ってくるので、竹藪へ入る前か後かに、
ガオを探しては配膳した。

2003年になって、みんなと別の場所で一人でごはんをもらい、
一人で甘えられることに気が付いたガオちゃんが、
いつも同じ場所で私を待つようになった。

竹藪の帰りも、
「別に話はないけど、ちょっと撫でたりしてもらいたいような気分」のときは、
どこにも動かず待っている。
待機場所(草の中や土手の中腹)にうずくまっているのに気づかず通り過ぎていくと、ものすごい形相で追ってきた。

この待ち道、後追い道が、「ガオの道」になった。

初めて抱き上げた日は、会ってから一年以上経っていた。
不妊手術後家に置いたときは、かちんこちんに固まってしまい
ずっと隅っこに隠れていて、近寄るとふぅふぅガーガー怒るから
触らず放っておいたのだけれど、
ガオの道で追いすがってきたガオちゃんを抱いたら、
そのまま顔を埋めてモミモミし始めたので、たまげてしまった。


ガオちゃんは歯が一本しかない。
それでばぁちゃんと決めつけたらいけないかもしれないが、
若くないのは確かだ。

最初はただ驚いて、
次は切なくて、
右左を一回で数えてみたら100回。
次は150回、そして200回・・
ああ、ナントイウコトダ、
ガオちゃんが赤ちゃん返りしたか?
それとも、ずっとずっとそうしたくてできなくて
絶望的な気持、自棄になっていたのか?

甘えん坊がエスカレートして、無防備に私を待つガオに、
土手の上から石が投げられた。
保護を決意した。


2003年6月7日病院で健康診断。
エイズ白血病陰性。ワクチン接種。蚤駆除後、我が家へ。


数日の間、ミシン下の暗がりに潜り込んだまま動かず。
外を見せても興味示さず。箪笥の上の箱の上に場所換えして、
2ヶ月以上トイレと食事以外で下りてくることがない。
時折下ろして抱いてみる。
ふがふがガオちゃんが緩んで、モミモミ500回!
数えきれずに寝てしまった事もあった。
長旅から戻ったばかりの人のようにひたすら眠いのだろう。
最初はそう思ってそっとしておいた。ずっと箪笥の上だ。
ガオちゃんを見るたび
空中ブランコから下りないで生活する芸人の短編(カフカ)を思い出すのだ。

    
その後
箪笥から下りて我が家の中心に突撃
こたつテーブルの下に約一年引きこもり、
そこからもやっと出て、テレビの上で日向ぼっこし、
専用コットンハウスで
日がな寝て暮らすようになった。(2007年春)
猫嫌いは相変わらずである。
抱っこでモミモミするのも相変わらず。

一本だけ残っていたはずの歯は
いつの間にか抜けていた。

                   



未知との遭遇「ガオちゃん」
♀ 年齢不詳 バーちゃん猫























2007年2月





竹藪に入って行くと、
サンタとピンちゃんに追い払われてしまう。
ミス河原にも嫌われていて、
一緒にごはんを食べさせてもらえない。

破れビニールハウス群で、
似たような境遇の丸子やソックスと一緒にいた。
ガオばーちゃんもそこそこ同情してくれて、ときどき、
「若いの、ついておいで」と誘ってくれた。
みんなで行けば恐くない!って声掛け合って竹藪へ。
まるで肝試しみたいなお食事に。

ソックスはマサルさんという強ーい後ろ盾があったし、
丸子はサム君と仲良しになった。
気難しいミス河原には難儀したようだけど、
おじさんの所へ行ったきりになっちゃった。

アタシはなんて
要領が悪いのかしら 

ミス河原ポイントと竹藪&原っぱの間で、お腹を空かせてうろうろしてた。
丸子はとっても冒険家だったから、
おじさんの所でごはんがないときは竹藪に行くの。
丸子の行き帰りに出くわすと、襲いかかって脅かしてやったわ。
ソックスも丸子も、ガオばーちゃんまで、みんなどこに消えちゃったの?

どこのエサ場にもいつも誰かしらいるから、
誰もいない時ってなかなか無いけど
一生懸命チャンスを待って、何とか食べてるわ。

ガチャ三毛のガチャ、明るい茶色の毛が混じったキジ猫。
2002年7月から8月にかけてエサ場で姿を見るようになった。
でどころ不明。2002年11月不妊手術、3種混合ワクチン接種、
12月6日リリース。

人には慣れているけれど、
呼んでも声をかけても、
寂しい目をして逃げていくことがある。
慣れているためにかえって
ひどい目に遭ってきたのかもしれない・・
 

2003年12月31日後追いが不憫で、
ついにリュックに詰めて連れ帰る。
ところが、我が家の猫たちの友好的でない態度にすっかり怯えて
サッシ戸の隙間から逃走。
チラシを作って捜索の日々となる。
有力情報がないまま、もう死んでしまったかも知れぬと諦めかけた3月、
実に2ヶ月半かけて、ガチャは河原へ戻った。
12Mar2004[お帰りガチャ(涙の再会)」


どれくらい苦労したろうか、
線路を越え、道路を越え、3kmの道のり、
よく無事に戻ったと驚いた。
しばらく会えたり会えなかったり
14Oct2004「お久しぶりのガチャ」

翌2005年5月連休の頃また確認できなくなり


以来フッツリ ガチャの姿がどこにも見えない。

あのガチャのことだから、またどこからか出てきそうだと待ち

長い時間が過ぎた。



   
        ひとりぽっちの  「ガチャ」♀
 
                   


   
                      
                   
 




                    

                        
  
                                          



                
         ひとりっ子タイプの「新ちゃん」♂



           

    勝負顔

  実はとても人懐っこくて
                   
                       
                         とぼけた子なのだ
 
28Feb2005
河原に、新しい子を見つけた。
ミス河原たちのエサ場の近くで声が聞こえ、
笹藪の懐で、ゴミだか猫だか白いものが動いている。
近寄っていくと、古着の上にじっと座って私を見上げ、
懐かしそうににゃーと言う。手を伸ばすと目を細めた。
はて、キミにあったのは今日が初めてなんだけど。

人恋しいのか寂しげだ。
未去勢オス。目の横の毛が抜けていて、被毛は酷く汚れている。
何を聞いてもどうせ言わないから、余計な詮索しても無駄なのだが・・・
人懐っこい子は絶対人間と暮らした経験がある。
迷子か捨て子か、ホームレスと暮らしたはぐれ猫か。

ミス河原が神経質にわめいて、
新参の受け入れ拒否の構えを見せていた。
明日までいられるだろうか。
別によそったごはんを置いてやると、元気に食べた。
シトラを「新しい子」として見つけたときは、その美しさに息を呑んだ、けど、
今日の子は、その汚さに息を呑んだ、だ。
耳に赤いただれがあった。ダニ、かな?
頑張って踏みとどまっていてくれないことには・・
新ちゃん、明日もいられますように。

09oct2005「対決」
トラちゃんに激しく嫌われた
竹薮へは入ってこられそうにない

24nov2005「猫の耳に念仏」
・・新ちゃんは頭痛のタネだ。
今朝の新ちゃんはミス河原ポイントの薮から現れ、
チャトラのチビ猫のために木の裏側へ置いたごはんをつまみ食いしてから、
ガオの道へ移動してきた。
ご飯を配っている私にぴったり寄り添い、ドライを食べ、ミルクを飲み、
藪の中で食事を始めたハッチに飛びかかっていった。
その際、ドライの器を蹴り飛ばし、盛大にぶちまけてしまった。
剛胆な性格はいいけど、弱い者イジメはいけないよ、新ちゃん。
それから、食べ物を粗末にするのもいけないよ。
馬(猫)の耳に念仏かもしれないけど、毎日だって言うよ。
ブツブツと二言ほど小言を言って、こぼれたドライの粒々を拾い集めた。

23feb2006「ひとりっ子タイプ」
ボクはみんなと仲良くできない、どの餌場も不穏にする

河川敷のあちらこちらを彷徨った末、
緑地のはずれの小屋に辿り着いた新ちゃん。

なんとなく居心地がいいようで、動かなくなった。
 
2000年には河原にいて、
マサルさんやクロボスと河原猫集団のトップの座を争っていた。
まさるさん>一ちゃん>クロボス というわけで、
ナンバー2あたりの地位にいた。
いつ頃からメンバー入りした猫さんだったか、
いつも必ずいたわけではないのではっきりしない。
最初からこんなに大きかったかな?
いつ頃から巨大化したんだろう・・

2002年5月不妊手術に運んだとき
爪の所の怪我が化膿していた。

窮屈なケージの中で気の毒とは思ったけれど、
Uさんの御厚意に甘え、リリースまで一週間
家に置いて
抗生剤を飲ませてもらった。
そして再び河原へ。

一ちゃんは 当時ヨーコママに突き放され、
一人ぽっちになったばかりのノコちゃんに優しかった。

柄が似ていたのでひょっとしたらノコちゃんのパパか?と思ったけど、

ノコちゃんは相変わらずやせっぽちなので、
一ちゃんの血をひいた子ではなさそうだ。

物腰がゆったりと大きく、性格も穏和
見た目のごつさに騙されていた。

とても優しいのだ。
なんどか見失って諦めかけていた頃松林で発見。

ミルクが大好きで、ごはんもばくばく食べていたのに、
なぜ竹藪を出たのか判らない。

その後ミス河原の所まで流れていって、
おじさんを囲んで暮らしていた。

私のこともちゃんと覚えていて、
姿を認めると懸命に走ってきた。

ごはんの御礼は欠かさない。
頭を傾けて足にぶつけて

「待っていたんだよお。ありがと~」

と言ってから食事にかかる。

ミス河原のパンチを浴びて引き下がり、ごはんを譲っても、

ボクハシアワセダ」と言っている。

そんな一ちゃんが、私は好きだ。


一ちゃんとミス河原サム君親子3メンバーに配膳する日々が続く。

ある日突然、猫たちを残しておじさんが消えた。

ミス河原親子は、薮の奧のおじさんの小屋に身を寄せるようになり、
2005年2月5日

前々から可哀想でならなかったシトラと同時に
一ちゃんの保護に踏み切った。

里親探しの準備のため、健康診断とワクチン接種に病院へ運び、
白血病+と知る。

それでも望みを捨てずに里親探しを進めるつもりだったのに、

病状は少しずつ悪くなり遂に快復することはなかった。

一ちゃんの最後を見つめる日々は約2ヶ月、
幸せにしてあげられずとても辛かった。


日記抜粋(2005/4/03)

午前中、一ちゃんを抱っこして外へ出て、
駐車場の止め石に座って日向ぼっこした。
一ちゃんはとても気持ちよさそうだった。

耳を立て 風のにおいを かぐキミに
やさしい日射し さわさわと降る

ひざにのせ 胸に抱いて 痩せた背を
何度も撫でて 祈る朝かな


少しでも一ちゃんが過ごしやすいようにと、
はなちん先生からおおきなサークルケージが届き、

沢山の人から励まされ、

祈って頂いた。

2005年4月6日「満開の桜の日」
一ちゃんは静かに逝った。

国土交通省に委託された廃棄物処理業者が来て、
おじさんが展開していたゴミ溜まりを根こそぎ撤去。

猫たちの寝場所だけ残してもらえないだろうかと掛け合って、
餌台と寝箱を残してもらった。

ミス河原親子と、新しい流れ者「新ちゃん」、
それから時々タヌキも、そこで食べていたのだが、

新しいおじさんがやってきて砦を築いてしまったため、
餌場を閉じた。

       河原のナンバー2を下りてミス河原親子と暮らした
                  「一太郎=一ちゃん」♂
  
               

   
                        きたきた
 いつだって待っているよ! にゃあ
                       

 ごめんね いっちゃん  
          
     ちいさな放浪者「チビチャ」♂

            

    2005/11/13
                                       ミス河原ポイントで発見

                         
                      表情の基本形「むすっ」
   
 ときどきとてもあどけない顔になる
                     
                    いつも隠れる これもチビチャの基本スタンス

   一生懸命食べないと大きくなれないよ
  
 「・・食べてるよ」                       

「ちいさい?」   
                              「これでどうじゃ」デロ~ン

  ボクはみんなと仲良くしたいんだけど・・

                   
  あんまり好かれて・・
                
                     
                           いないみたいだ・・
おかあさんから、ほかの猫さんとの付き合い方を教えてもらう前に
捨てられちまったから、猫語も苦手だし、ボディランゲージも知らないし
ああ、、集団の中で生きていくのはムズカシイんだね

13Nov2005 
帰り道、ミス河原ポイントでまた、
ぷっくり太って元気そうなサム君と会った。
声をかけて土手を下り、サム君に猫缶を一つ開けて行こうとしたら、
チャトラのチビ猫を見つけてしまった。
・・・・・
低木の下で元気無くうずくまっていた。
まだほんの2、3ヶ月の仔猫なのに、
くたびれた大人のように生き疲れていた。
痩せていない。母猫がここまで一生懸命育てたのだろう。
汚れ具合から、引き剥がされて幾日かさまよった感じだ。
ごはんのトレイをそっと置くと、逃げようとしてすこし下がったのだが
戻ってきて、もそもそ食べた。
恨めしそうな顔で睨み、手を伸ばすと 拒絶した。
日のあるうちは暖かいところでそうやってウトウトしても、
夜は寒かろうと不憫だった。明日もいるだろうか。
サム君たちが見ていてくれるだろうか。

22Nov2005「頑張っていたチビ猫」
土手下の道の向こうに、例のチビチャトラがひょこっと現れた。
元気そうだ。発見してから10日・・何とか凌いで、
どこにも行かずとどまっていた。
ごはんを持って駆け寄ると警戒して薮に飛び込み
葉っぱの陰からじっとこちらを見ていた。
仲良しになるにはごはんしかない。木の裏側に置いてきた。
サム君だって、最初は全然駄目だった。
ビビリ猫なのだ。ちょっと時間をかければ大丈夫。

09Dec2005
あ、そうだ、今日はチビチャトラを久しぶりに見て、
土手を下りて缶詰を開けてあげた。
おっとりした子で勢いが無く、
といってすっ飛んで逃げるでもなくこちらを見つめる。
そっと撫でたら大丈夫だった。
いつのまにか「触れる猫さん」になっていた。
ひょっとしたら、誰かにごはんをもらっているのかもしれない。
でなければこうして生きて、のんびり日向ぼっこはできないから・・
背中にちょっと禿げた所があった。



ひょっとして・・と思ったとおり、チビチャは
河川敷で暮らすおじさんを一人捕まえていた。
チビチャの選んだ人は波長が合ったようだ。
だけど、
食事の内容が今ひとつ合わなかったようだ。
ガオの道から駐車場の土手にかけて 再び
チビチャの姿を見かけるようになった。

03feb2006「久々のチビチャ」
06feb2006「母を尋ねて三千里」
22feb2006「チビチャ放浪記」
そして
そのチビチャに会いたくてウロウロするおじさんとも出くわすようになった。

2006年12月、連日駐車場の土手、野球小屋の裏手、ドラム缶の餌台で
頑張って食べていたチビチャが、忽然と消え、
翌1月、約2週間ぶりにキャンプ場の端で見つけた。
目やにで目が開かなくなっていて、げっそりしていて、
見るからに悪そうだった。
出会った頃から「生き疲れ」ていて
少しも良い思いをしたことが無かったチビチャ。
佇み方の寂しさに
どうしようもなく胸が痛んだ。

ボクは生まれてきたらいけなかったのではないかしら

      
保護直前
「このままでは死んでしまう、
保護してもらえないだろうか」とメールが届く。
時折しか日記に登場しなかったチビチャを、
ずっと気にかけ、心配してくださっていた人がいたのだ。
数日後また材木置き場に現れたところを保護した。
Uさんの家で預かって頂き、手術と健康診断で病院へ。
白血病+。
チビチャの抱えている運命の重さにたじろぎながら
それでもと心を決めて 会いに来てくださった人に、
チビチャを託すことになった。
2007年2月3日、チビチャ新しい出発。
神様がチビチャの明日に架けて下さった橋
チビチャは懸命に歩いていくはず。
贈って下さったこのご縁に感謝しています。



            新しいお家で2007/02/05

 ボクを心配して下さった皆様 ありがとうございました
 
 サリーは、緑地に住むおじさんに飼われていた子です。
 最初は2匹だったのに増えてしまったと困っていたので
 不妊手術を引き受けることにしました。
 誰と誰が兄妹で誰が親か、詳しく聞かないままおじさんが亡くなったため、
 知る手だてはありません。
 散り散りになったおじさんの猫たちのことを、どうしても記録しておこうと思い、
 一番親しくなったサリーの紹介ページに纏めることにしました。 


Wed, 03 Mar 2004
おじさん待ち
   ケリー
 デブトラ?!ひどい名前だぁ・・
捕獲の心得
一に忍耐 二に忍耐
静かに息を凝らしチャンスの到来をじっと待つ
これが全てだ。
今日はちょっと変わった捕獲で、猫ではなくひたすら
おじさん待ち」だった。
2回に分けて運んである7台のケージに、
おじさんは曲がりながらにも飼い主であるから
目標の7匹を入れてもらい、
一時預かりして頂くUさん宅まで運ぶ。
シンプルに掲げた目標は、
朝から夕方までかかって半分も達成できなかった。
早めに準備をと思って訪ねた朝、肝心のおじさんがいなかったのだ。
日曜日に約束していたのに、どうしたことか・・
ノラちゃんの捕獲、特にビル猫町猫で苦労を重ねて来たれーこさんが、
一人ではなにかと大変でしょうと、はるばる応援に来て下さった。
一緒にケージを万端準備し、ネームプレートをセットし、
あとはおじさんの帰りを待つだけ。
猫はちらほら姿を見せては隠れてしまう。3時にUさんが車で到着。
しかし、おじさんは帰らない。4時過ぎてやっと帰ってきた。
相当酔っぱらっていた。
ざっと要領を説明したけど、なんだかフラフラしていて頼りない。
励ましながらなんとか3匹まで入れてもらって、
こちらにも都合があるのでもう少し頑張って欲しいと懇願した
うんうん言いながら、その気になってくれた。
私が居ては猫が近寄らないので、また少し離れて待つ。
様子を見に行くと寝てしまっていた
おじさん!おじさん!連呼して起こし、もうダメかと聞くと、
小屋の中に2匹いるという。
中にケージを入れてしっかり入れてもらおうとしたら、
ごちゃごちゃしていて中では無理だという。
入口の外でケージを縦に持って待つ。
首根っこをしっかり掴んでお尻からすとん、だよ、って言っているのに、
頭から突っ込もうとして暴れて逃げられ、手を引っ掻かれ、
あちこち痛い、捕まえられないと、弱腰になってしまった。
それを2回繰り返して今日は断念した。
簡単ではないと覚悟はしていたけれど、前途多難。先行き不安。
明日朝7時におじさんが果たして猫を捕まえてくれているかどうか。
おじさん抜きで勝手に捕まえるわけにもいかないし、ほとほとマイッタ。
ここで一つはっきりしたことがあった。
2001年に手術が済んでいたのに、
ミルクと間違え「未手術」と認識していて、
昨年春にまた運んでしまったクニクニモドキ(クネちゃん)。
やはり、このおじさんの猫だった。
赤いピアスがまだちゃんと着いていた。
おじさんも触れないのだそうだ。7匹の中には入っていない。
月に1回とか2回とかしか会えない子だけど、
おじさんの所で食べている子なら心配要らない。
マサルさんが行動半径広いのは納得だけど、
クニクニモドキ、キミも「野を越え山を越え」食べに来る子だったのね。
Thu, 04 Mar 2004
別世界の猫たち
早朝、河原猫たちの世話を急いで済ませ、おじさんを訪ねた。
川から2段目の河川敷の縁に引っかかるように拵えた平べったい小屋。
その周りにはにぎにぎしく色々なものが転がっていて、
そばで見ると息を呑む。
怪しいハトの群れが、おじさんの小屋の
入り口に向かってひしめき合っていて、
そして猫が居る。
おじさんの所から逃げていった白いウサギと黒いウサギが
隣の公営ゴルフコースで走り回っており、
昨日立ち話した管理のおじさん、
しかめっ面で、コース整備の支障になっている
モグラとウサギと猫たちが邪魔だからどうにか始末したいという。
それは愛護法に抵触する考え方だ。
やんわりと攻めていくと、更に苦虫を潰した顔になった。
ウサギを捕まえられない腹いせに、
ウサギの入った穴を塞いだりして暗い楽しみにふけっていた。

フェデリコフェリーニの奇妙な映画の世界だ。
あるいは、「ミラノの奇跡」に出てくる小屋掛けの人々に通じる、
不思議な別世界ができあがっているのだ。
昨日はべろべろのおじさんを励まし、吹きっさらしのそのゴミの山の中で
猫の捕まえ方をあれこれと話し、
何を言っても伝わったような気がしなくて内心焦り、
そんな自分もおかしかった。
おじさんは、朝炊き出して届けたオニギリを
ぞんざいに(それなりに美味しそうに)ほおばり、
聞いているのかいないのか、
見当はずれな事ばかり言ってさらに私を不安にした。
今朝も昨日とたいして変わりはない。
猫は誰もケージに入っていなかったし、
4台のケージは空のままあちこちに転がっているばかり。
あのね、おじさん、私のお友だちが3時にね、
車で来てくれるから、入れて置いてね。
__はいはい、3時ね、分かった。
うんうん頷くおじさんを後に、仕事へ向かった。
生憎お天気が急変して、3時頃強い雨がザザっと降った。
5時に職場からUさんにどうだったか聞くために電話。
おじさんは留守だったし、ケージは雨に濡れて転がっていたし・・
どうにもならないから引き上げてきたけど、
またこれから行ってみるから・・

おじさんはあてにならないので、
明朝捕獲作戦決行するしかないと思い、
その準備と段取りをした。
帰りにUさん宅へ寄ってみたら、3匹増えて6匹並んでいた。
あれれ?

私と電話で話した後、Uさんが河原へ行ってみたらおじさんが居て、
ひょいひょいケージに入れたのだそうだ。
一匹だけ取り逃がしたのを、
明朝迎えが来る迄に入れて置くよう言っておいたから、との事。
いやはや・・おじさんは大変だ。
6匹のおじさんの所の猫たち、みな神妙な顔で不安げだ。
大丈夫、ちゃんとまた戻れるのだから、がんばって。
 Uさんには本当に頭が下がる思いだった。

Sun, 17 Oct 2004
消えたおじさん 

    クロ

猫ごはんが残ったので、
子だくさんのおじさんの所へお裾分けに行ってみることにした。

近くでバーベキューを盛大にやっているグループがあって、
子どもたちがおじさんの住居に入って遊んでいる。
オカシイ・・と思いながら近づくと、
7匹いた猫たちも、おじさんも消えていた。
屋根は破れ、中は荒れ、
散乱したがらくたの山に、国土交通省の貼り紙が貼られていた。
「9月27日までに撤去しなければ強制的に片づける」という内容だった。
その小屋を 河川敷にあってはならない造作物、と断定していた。

猫はどこへ行ったのだろう。
空になった猫ごはんの器は乾いていて、蝿もいない。
周りを少し歩いたけれど、全く誰にも会えなかった。
いつも行けばあちこちから顔を出していた猫たち・・
  
トニー                  クマ
あの子達はどんな運命を辿ったのか、
今現在どこでどうやって毎日を凌いでいるのか、
考えただけで胸が苦しかった。
そういえば・・
おじさんの所の三毛、
あのしっぽの短い子が竹薮に来たのはいつだったろう?
そうか、こういう事だったのか。
散り散りになって、空腹でやってきたのだ。
今頃になって分かった。

原っぱへ戻って、ぼんやり秋晴れの空を見上げた。

あっ・・あのしっぽの短い黒猫、
ひょっとしたらおじさんの所から来た子なのかな。
そんなことも考えた。

・・
倒れ小屋でえさやりしている人は、ごはんを置くとすぐ立ち去るので、
誰が食べているのか知らない。
あそこを拠り所に通っているかもしれない。
私の知らない時間帯に、竹薮に来ているかもしれない。

なんともやりきれないことだ。

ホームレス猫たちは、
人間と関わりのないノラちゃんよりも
もっと過酷な運命に見舞われることがある。
人間と寝食共に、雨風凌いで寄り添って暮らしながら、
その屋根がどのくらい脆いか知らない。
  
トラ                   マミ
Sun, 24 Oct 2004
突然のお別れ
消えたおじさんの確かな消息を、昨日聞いた。
交通事故で亡くなったのだそうだ。
おじさんを見送り、帰ってくると律儀に出迎えていた7匹の猫たち。
帰らなくなったおじさんを
どんな風に待って過ごしたのだろう。

猫たちも食べていかなければならない。
待てるだけ待って散ったのだ。
見切りをつけて動いた時の猫たちを
哀れに思った。

・・何もしてやれなかった
              インド猫「サリー」♀

  
                                    
      

         名前を付けてくれたおじさんは
    私がインド系だってこと知らなかったと思うよ  


                              
                            ほらこのとおり 黒いサリーを着ている
  
 小夏に燃やす対抗意識

                            

                
        駐車場の土手で 人間観察の毎日  

 
              
         「けっ」


 
  遊んでいるんじゃなくて
                           
                       ヒゲゾウにいつ苛められも逃げられるように
                               練習しているのよ


 
   
   足元にヒシと身を寄せてくるサリー


                              
 サリーは竹薮に来ると苛められ、キャンプ場に来るのもやっと・・
 いつも駐車場の土手にいる。野球小屋の裏手で毎日待っていて、甘える。

 
若干落ち着きがないのが気になるのですが、これまでの波乱に満ちた日々を思うと
 いつも世界を敵に回し、ちいさな身一つ張ってその日その日をやり過ごしているのだから
 このくらいの強気も、警戒心も、必要なのだろうと思います。

 シィトットララのおじさんにも慣れたのですが、トットに嫌われているので行けません。

 インド猫サリー、「いつでも里親募集中」
 








         

         不妊手術に運んだときの写真 04Mar2004

 

 
 不妊手術後 ピアスがついていたのは半年ほど・・
 慌ててかっ込んでいく 竹薮の食事
                            
             カメラを向けると逃げてしまう


 
 
        臆病なサビキジ猫「ムギちゃん」♀



最初はマダラに誘われて
原っぱの隅の倒れ小屋へやって来た
たいへんな怖がりで
人間のそばには決して近寄らない
不妊手術は2003年7月。
リリース前に家に置いた時も
カチカチに固まって頑なだった。

ほかの猫たちも恐いから
竹薮には余程空腹でなければ来ない。
どこをねぐらにしているのか不明だ。
竹藪の奥か、畑の向こうか・・

2006年冬
野球小屋の裏手で食べるようになり
竹薮から私が出てくるのを
今か今かと待っている
近づいて行くと
ごはんへのアピールで
アンアン鳴くようになった。
少し甘えの入った、可愛らし声だ。

少しだけ前進。

まだまだムギちゃんには時間が必要なのだろう。
  
  
  

 
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  © 2008 河原猫の世界
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