19Aug2000 河原の原っぱで発見。 草の中から原っぱ猫台のエサ場にやってきた、 生後2ヶ月ほどの小さな小さな三毛3姉妹 みぃちゃん、けいちゃん、こうちゃん・・人に全く慣れず、 隙も見せず、そーーっとやってきて、 あっという間にどこかへ消えてしまう。 2001年1月、3姉妹も一斉捕獲で不妊手術に運んだ。 寒い寒い冬の事・・ 寒々としたお腹を見るたび胸が痛んだ。 風邪をひいて目鼻がくしゃくしゃだったみぃちゃん。 みんなで身を寄せ合って寒さを凌いでいた。 2001年4月の夕暮れ時、突然・・・ 人の土地で猫を飼うなと叱られてしまった。 (河川敷の中に私有地があるとは知らなかった)
原っぱを片づけ、竹藪へ引っ越す事に・・。 みぃちゃんはとても甘えん坊だったので、 クロちゃんと一緒に連れて帰る。 我が家の狭い保護部屋で、 クロちゃんと環境の激変を乗り越えた。
そして2001年4月末に新しいお家へ旅立つ。 先住猫「モー君」と優しいパパ&ママに愛されて、 元気で幸せに暮らしている。 | お茶目な「みぃちゃん」♀ 
| | 200年7月頃、河原で生まれたのか捨てられてしまったのか、三毛3姉妹のけいちゃん。とてもきれいな三毛ちゃんだ。 - みぃちゃんもこうちゃんもいなくなってしまって、
- けいちゃんは一人で河原にいる。
竹藪の奥の方から、いつも何か言いながらやってくる。 どこで寝起きしているのか、全然判らない子だ。 ケイちゃんのにゃあにゃあは、悲しそうにも聞こえるし、 文句を言っているようにも聞こえる。 - だれとも一緒にいない。
- 一人で来て、一人で消えていく。
- 泣き虫のけいちゃん。
| 原っぱで遊んでいると少し離れた所からじっと見ていて、 ときどきたまらなくなって飛び出してくる。 無口でたたずまいの静かな子。 三毛の柄が可愛らしくて、草の中にいるのがとても好きで、 着物を着て、お手玉か羽子板持って羽根突きしたりが 似合いそうな和風の女の子。 一度も触らせてもらえなかったけど、 冬になると、私が拵えた寝箱に入って過ごし、 顔が合うと、じっと見つめてきた。 2002年6月1日猫舎裏の日の当たる竹の中で、 冷たくなって横たわっていた。 - 一度も触れなかったコウちゃんを抱いたのは
- このときが初めてだった。
- 竹やぶの中で声を上げて泣いた。
- 後から来てくれた友人と一緒に埋葬し、お別れした。
| | | 2001年夏に河原デビューした、ぴんちゃん&サンタ&ぽんちゃんの妹。お腹プクプクだった黒ママが、2001年6月に産んだ子達だろうと思われる。 竹藪の奥からママと一緒に2匹ずつエサ場に来て、だんだんエサ場と私に慣れて、その後、猫舎の常駐メンバーとなる。 2001年9月不妊手術後リリース。なんとか保護して里親探しをしようと思っていた。ずっとそう思っていた。抱っこして、一緒に遊んで、甘えん坊の女の子だった。 - 2002年5月、
- 突然、何も言わずに消えた。
- ふわっと風になって
- どこか私の手の届かない所へ行ってしまった。
| 2000年春、 河原猫のコアメンバーから ちょっと外れたところにいた目玉のまっちゃん。 カメラを向けると大きい目でギロリと見返してくる。 強烈な目だ。 2000年秋、黒い仔猫と一緒にいた。 まっちゃんの産んだ子だったのかも。 近づけないまま、冬の間に消えた。 不妊手術は2001年1月。 毎日会えない。 1999年、竹藪にまっちゃん柄の三毛がいて、 春には消えていた。 まっちゃんのお母さんだったのかもしれない。 険しい顔の三毛ちゃんだった。 まっちゃんのシッポは、途中でがくっと曲がっている。 残念なシッポだ。 2003年春。皆勤グループに混ざって、 いつもごはんの到着を待っている。 甘えん坊になった。 触らせてくれるけど、 はにかみやさんで、すぐ逃げる。 だんだん目が小さくなって、顔が丸くなった。 横から見ると、いつもにやっと笑っている。 目を見開いたままにやっと笑うので、変だ。 - まっちゃん、まっちゃん、
- 何回呼んでも、嫌な顔をしない
- 用件をさっさと言え、と次の言葉を待っている
- 用件がないので、いつも呼ぶばかりだ
- 調子はどうなの?って聞いても、
- 「それは言いたくないわ」だって。
| - 目玉の「まっちゃん」
- ♀年齢不詳
| | 2003年3月に、原っぱ隅の草むらで発見した。発見当時3ヶ月~4ヶ月の仔猫だったように思う。あたりに親兄弟関係者は見あたらず、迷子か捨て子か、でどころはさっぱり不明。 除草剤で原っぱに身を隠す草が無くなったので、ノコちゃん、クロスケ、まさおくん、コクニ、などが、マダラの草むらに潜っていて、じきにみんなとお友達になった。とくに、マダラのお気に入りは「ノコちゃん」。ノコちゃんをエサ場に見るときは、たいていマダラがついてくる。 お友達のムギちゃんをエサ場に連れてきた。素敵なノコ兄ちゃんとおいしいごはん、マダラの自慢であるらしい。 草や木に同化して隠れるのが上手だ。誰かの影になっていることもある。よく見ると目がぱっちりでとても可愛い。 2003年8月9日。ケージに身柄を確保し、不妊手術に運ぶ。ワクチン接種。人に全く慣れていないので、これ以上止め置くことを断念。河原猫メンバーの中へ戻した。 マダラの将来を思うと、複雑な気持ちだ。ずっと見ているからね。元気で生きていくんだよ。 | | サビちゃんは、私を河原へ降り立たせた猫さんだ。 2000年春、目やにで塞がった目を遠く土手の上に向けて、ぼんやり座っていた。そこに猫が沢山いるのを見ていても、ただ「ああ、猫がいる」「あそこにもここにも、ねこがいる」見て通り過ぎるばかりで、何をしようという気持ちも持てなかった。 サビちゃんがいた。自転車を止めて、土手を下り、手を伸ばし・・触れてみた。 - 頭を私の手のひらに思慮深く寄せてきた
- その時の気持ち・・
- ただ生きているだけでなく人の手をいとおしく思う
- 猫の優しさ、寂しさ、
- サビちゃんは
- 人の手を信じ、
- 人の膝でゆったりくつろぐ
こんな子が何でここにいるのだろう・・夏は人の影で涼をとる。動くとまた苦にもせずついてきて、できた日陰に当然のように収まってしまう。動けなくなって、サビ子のために汗をかいて立っている。目は、拭いて拭いて、目薬さして、じきにきれいになった。 何度か見失い、首に赤いゴム輪を付けられて戻ったこともある。きっと小屋掛けの人に飼われているのだろうと思った。 2002年の冬は、本格的に寝箱にカイロを投入し、毎日毎日取り替えた。竹藪で寝起きしていなかったサビちゃん用にサビ箱を設置。ここがサビちゃんの箱だと教えたら、ちゃんといつもそこから出てくるようになった。 舌が出るようになった。あっかんべえのサビちゃんだと笑ったけど、私は鈍感の大バカ者だ。口が痛かったのだ。病院へ運んで診察してもらい、薬ももらった。サビちゃんはエイズだった。 2月5日、姿を見たのが最後だ。毎日探した。キャンプ場のギコギコ井戸、見るたびになーんだあそこに座っているじゃないそしてまたがっくり肩を落としてきた。まだまだ寒い夜が続いていたので、だれかが抱っこするのにちょうど良いとサビちゃんを連れて行ってしまったのだ、そう思ってみた。人に寄り添って生きたがっていた子だから富士子と競って私の膝に収まりたがった。いつも十二分に抱っこしてあげられなかった。きっと元飼い猫。通りがかりの人の膝でもちゃっかり上がってすやすや寝ていた。 - あの子を河川敷へ捨てていった人間を
- 私は絶対許さない
- ・・風になったサビちゃん・・
| - 世界中でたった一人の「サビ子」
- 年齢不詳 ♀ばーちゃん猫
| | 2003年3月25日、河原生まれ。 ずっと不妊手術に運びたくて、姿を見るたび私を呻かせていたヨーコママ、3月にはお腹が大きくなって、後ろ姿は横綱級。 3月末になってやっと動物病院へ運んだら・・既に出産していた。チャムはその時の子だ。母猫を離している時間が長引くと仔猫の生存が難しくなる」と、先生自らヨーコママを早朝の河原へ運んで下さった。 あのときの子・・思うだけで胸が熱くなる。しかもこの通りの美人さんだ。毛並みはピカピカしっとり、瞳は夏の空のように青い。どの角度から見てもうっとりしてしまうくらい、きれいな仔猫。ヨーコママが子供たちを連れてきたときの誇らしげな顔、仔猫を食い入るように見る私を、満足げに高みの見物していたママ。 子供たちはいつも食事のラッシュアワーが終わってから来る。他の猫たちに仔猫が嫌われぬよう、がっついてひっぱたかれたりしないよう、ママはちゃんとタイミングを見計らってゴーサインを出していた。 ヨーコッコ3仔猫のうち、不妊手術はチャムが一番になった。可能性を感じたので、ワクチン接種の他、蚤取りと爪切りを先生にお願いし、その次(一時預かり)をお友達にお願いし、リリースせずに8月13日より懐柔作戦に入った。 |
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