- 「ワイルドなコネちゃん」
- ♀2002年5月、河原生まれ、
- ノコちゃんの妹
| ヨーコママが昨年春に生んだ仔猫で、河原デビュー(発見した日)はノコちゃんと同じ。母になったノラちゃんが仔猫をどのように躾ていくのか、多くをヨーコママから見せてもらった。 ノコちゃんもコネちゃんもママのそばにしっかり付き従い、人間に隙を見せたことのない仔猫だった。不妊手術のために大人の女の子をターゲットにして作戦決行中だった7月、なぜかコネちゃんが入ってしまった。同じ日に捕まえることができたそばかすと共に動物病院へ運ぶ。まだ小さかったのと、あまりに凶暴で先生がお手上げで、「どうにもできない、何にもできない、♂♀もワカラン、手術できる大きさでもないから連れて帰ってくれ」と連絡を頂き、引き取りにいった。保護部屋でケージに移し替えるときしくじって、コネちゃん脱走。どこの隙間に潜り込んだか、ときどき切ない声で泣くばかり。 Kちゃんが車で、コネちゃんの再捕獲のために駆けつけて下さる。私はKちゃんが怪我をするのではないかと、うろたえながら消毒薬を探していた。保護部屋で格闘の末、Kちゃん無傷でコネちゃんをケージに収納。ノミだらけだった凶暴なコネちゃんをKちゃんがお世話になっている病院なら何とかなるかもしれないと言って連れて帰ってくれた。アーリーオペレーションで手術もでき、その他諸々全て済ませて頂いた。なっちゃんが長期研修出張でアメリカにいて不在だった時のこと。お家のワンコニャンコを一人で世話していたKちゃんが、リリースしようと遂に言い出すことなく、一言もねを上げずに引き受けてくださった。どんなに有り難かったか・・ その後、相変わらずワイルドな路線を貫いているコネちゃんだけど、Kちゃんちで安心して暮らしている。ちなみに「コネちゃん」は仔猫だったからKちゃんがとりあえず命名した名前。なっちゃんから「名前の付け方」でブーイングが出たけど、そのまんま「コネちゃん」で定着したみたいだ。 |
| 黒ママの子、クロ叔父ジジの甥。 2001年10月、不妊手術で保護した際、風邪をひいていたので家に置き、薬を飲ませながら様子を見た。電気のある人間の家の暮らし、というのがよっぽど恐かったらしく、縮こまったまま、遂にほどけなかった。一週間で河原へ戻す決心をした。涙目はその時から一進一退、慢性化している。 人懐っこい子ではない。こんなに毎日会っているのに、私に気を許してくれないのだ。 ママが消えてから、ずっとピンちゃんたち兄妹と一緒にクロ叔父さんにしがみついていた。叔父さんにはあまえんぼだった。 兄妹や叔父さんと一緒の写真が沢山ある。なんと言ってもサン&ピンは河原猫の真ん中にいる子だからね。 女の子イジメは、サンタのレクレーションだ。ピンちゃん同様、いくら話して聞かせても、 って。女の子ばかりでなく、サンタに嫌われた新参はエサ場に入ってこられなくなる。 虫や鳥を追いかけるときのサンタの跳躍はスゴイ。ピンちゃんがお笑い系、サンタはアクションスターだ。スリムで、イタチみたいなサンタ。竹藪ではいつも私に触られない距離を保ち、用心しいしい食べている。カリカリに煮干しが入っていると、うはうは喜ぶ。 2005年3月15日 チーコが静かに逝った。チーコを守るようにずっと寄り添ってきたサンタには堪えたかもしれない。 3月末 ひどい風邪をひいてしまって力なく逃げまどうのを保護、病院へ運ぶと「白血病の発症した状態」と告げられる。 4月3日 自宅保護中だった一ちゃんが逝く。 溶血状態のサンタは、病院のステンレス檻で一週間点滴を受けて退院させた。 私の家で一週間、看取る覚悟で最後の日々を見守る。 4月15日 回復することなくサンタも逝く | - イタチみたいな「サンタ」
- 2001年6月河原生まれ♂
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| 2002年9月19日、竹藪で見つけた。 発見当時はまだ仔猫。風邪をひいて、片目が潰れていた。しっぽの短い薄いキジ柄の女の子で、やってきた当初は、まさおくんのそばでゴロンゴロンしてアピールしていた。まさおくんに嫌われた女の子たちが竹藪へ出入りするのに苦労していたから、まさおくんに取り入って了解を得るのは重要だったようだ。 - 片目は賢い子だ。
- 一生懸命だった。
10月、11月と過ぎて、12月には、竹藪常駐皆勤メンバーになった。寒さがつのって体調を崩す子が続出する中で、両目ぱっちり。しっかり回復して元気になっていた。 2003年1月13日、ワクチン接種、不妊手術。 戻ってからもとても元気に現れて、嬉しかった。無愛想だと思っていた顔に笑みが浮かんでいるのを見たときは、踊りたくなったりした。片目ではないのにいつまでも「片目」と呼んでは可哀想だ。 「名前を付けてくださーい」と募集したところ、色々考えて下さった方がいて、、アイ子ちゃんになった。ぴったりの名前いただいて、よかったね。 2月3月と見失いかけて心配したけど、夏にはまた、元気な姿を確認している。 - コキジ姫さま、
- アイ子様、
- 二人の無口な若い姫さま、
- 地味ながら「竹藪の花」である。
- 慎ましく静かなたたずまい、
- 外暮らししていても、
- 決して崩れることがない。
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| まだ土手の上から眺めて通るだけだった頃、河原の猫ポイントに、アメリカンショートヘアーの捨て猫がいた。2000年春、関わり始めた頃には姿を見失い、会うことのできない幻の猫になった。 この年の3月、灰色の縞の小さな仔猫を草の中に見つけ、近寄って逃げられたことがあった。どうして良いか判らないほど目も鼻もくしゃくしゃだった。みんな草の中に消えた。誰も生き残れなかったろう。 2001年夏頃、キジ柄の猫に♂♀不明の灰色の子がいて、アメショーっぽかったので「アミ」ちゃんと記録した。その猫を見失って、入れ替わりに確認した現在の「アミちゃん」にその名が続いた。 そばかす(ちゅんちゅん)は洋ちゃんとアミちゃんの娘かもしれないとずっと思っている。アミちゃんにとても似ているのだ。秋から冬にかけてエサ場には皆勤賞で来ていたけれど、10月に不妊手術に行ったまま2ヶ月も洋ちゃんが戻らなかった。 アミちゃんはきっと、ひたすら帰りを待っていたのだ。 12月に戻って、感激の再会を果たした。洋ちゃんの影響を受けて、私との距離を寄らず離れずで保つようになった。 - アミちゃん、
- お喋りで気だての優しい雄猫。
- 誰とも喧嘩なんかしたことない。
人間とのつき合いは苦手。話しかけるとどうして良いか判らない。もごもご口ごもりながら、あーでもない、こーでもないと逡巡する。手を出すと、つき合いがいいのでアミちゃんも手を伸ばしてくる。立派な爪があるので痛い。拭いたり撫でたりもできるけど、人間はやっぱり得体が知れないらしく、逡巡する。2002年12月不妊手術。3種混合ワクチン接種。 - 竹藪奥にねぐらがあって、洋ちゃんと暮らしている。
- アミちゃんは洋ちゃんが大好きだ。
- いつも一緒だ。
- とても大事にしているし、尊敬もしている。
「ちょっと気が強い所も大好きだよ。とびきりの美人で目がきれいだし、なんと言っても気持がしゃんとしていて、人を頼らず、自立している女性だからね」(アミ談) 色々な仲良しはいるけど、河原で洋ちゃんアミちゃんを超える仲良しはいない。 | 気だての優しい「アミちゃん」 ♂特技:お喋り 仲良しの二人、2008年4月2日 コキジが殺された事件の直後 4月4日緊急保護、ひよしまるくんちにて家猫修行に入る 5月11日 一緒に迎えてくださると、かねてよりお申し出のあったご家族の元へ アミちゃんも遂に河原を卒業した |
| 2000年春からのメンバー・と、思う。 黒猫とキジ猫は、慣れて近くで見ることができる子でないと、見分けるのがとても難しく、2000年の出席簿で確認していた約30匹のうち、キジ猫は、耳がひどかったミミちゃん以外は、細い子太い子、顔の丸い子、しか判らなかった。細い子が太っても、太っていた子が痩せても、別の猫さんになってしまう。ちいさい子が成長しても判らなくなってしまう。きちんと見分けられていたら、あともう10匹は増えていたと思う。 2001年1月の不妊手術で、手術済みの印は「頭頂の毛を刈る」、というものだったので、ゴロリを確認したのはこの「印」で。2ヶ月もして毛が揃ってしまったら、もう判らなくなった。 ゴロリがキジ細から「ゴロリ」になったのは、2001年夏頃になってから。河原に着くと真っ先に富士子と一緒に駆け寄ってきて、派手にゴロンゴロン転がる。富士子はヒィとかキャーとかいいながらゴロゴロするけど、ゴロリは何も言わずに宙を見据え、一心不乱でころがるものだから、恐いようなおかしいような・・ - 嬉しくてもゴロリ、
- 困ってしまってもゴロリ、
- 哀しくても、暑くても寒くても、
- お腹が空いてたまらん時でも、
- ゴロリはころがる猫さんなのだ。
竹藪に居住権が得られなかったのはどうしてか判らない。キャンプ場の向こうの畑の草むらの中か、木材の積まれた山の上や、その隙間あたりから、ひょっこり姿を見せていた。ハッチとエリアを共有していた。食事が終わるとまたそこへ帰っていく。 - 熱烈歓迎のゴロリの出迎え、
- 今ではナツカシイ。
- 今では悲しいほど、ナツカシイ
- ・・2003年早春。ゴロリは風になった。
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| 2002年10月5日、メイン猫舎、台下のごはんを食べているのを見たのが最初だ。 小さな真っ黒けのキジ猫。暗がりで見たからなおのこと、印象が真っ黒けだった。明るい所で見るとそれほどではないのだけれど、顔に黒い縞が多いからか、口の周りが黒ずんで見えて、失礼とは思いながらつい笑ってしまう。 小さいキジ猫で「コキジ」。安易な名前とは思いながら、ほかに良い名が思いつかないまま今に至っている。 - コキジはとっても怖がりだ。
- 人間が恐くてたまらないらしい。
- ノラちゃんの子なのだろう。
- あるいは、
- 捨てられてからずっと、
- 恐くて恐くてたまらない
毎日を過ごしてきたからかもしれない。どこで生まれ、どうやって竹藪に来たのか、同じ頃に発見したどの子も、コキジの親戚筋ではないようだ。 冬の間はカイロの寝箱で、みんなと仲良く寝ていた。仲間はずれにされなくて良かった。きっと猫社会のルールを知っていたのだろう。 不妊手術、ワクチン接種は2003年1月13日。目鼻がくしゅくしゅだったので、風邪の治療もお願いした。ちびまゆ、コクニと一緒に、パールのピアスを付けて頂いて帰ってきた。搬送ではUさんご夫妻にお世話になった。そして、リリースまで少し置いてもらってから河原へ戻した。 - 原っぱにも畑にも、
- 猫を追い立てる人がやってくるので、
- 犬まで連れてきて放すので、
- コキジは姿を見せなくなった。
昼寝をしていても、カサリと音が立つと、死にものぐるいで逃げる。歩き方の愛らしさ、寝顔の愛らしさ・・「どうか無事で」と祈らずにいられない。 白いピアスがとても似合っていて、春はずっと「姫さま」「コキジ姫さま」と呼んできた。何度か見失いかけたけど、姫さまは元気に河原で生きている。 ノコちゃんやクロスケたちと、原っぱ向こうの藪の中にいることが多い。原っぱで遊ぶときも、ノコちゃんと一緒。ノコちゃんは女の子でも男の子でも、自分よりちいさい子に優しい。 2003年夏、小さかったコキジ姫全身像を久しぶりに近くで見た。いつの間にか、一回りも二回りも大きくなっている。 - 2008年4月2日、猫を傷つける目的で竹薮にやってきた何者かに命を奪われる。
- カイロの寝箱は暖かい
- 人の手は優しい
- と
- 少しずつ人間を信じかけたところだったのに・・
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| 2002年春に河川敷に捨てられたか、河川敷のどこかで誰かが生んだ子だったのか、こんなか細い女の子が、どうやって一人で生き延びてきたのか・・・ 梅雨頃ポツリ竹藪へやってきた。とても可愛い、目のぱっちりしたグレー系サバトラ猫。目の上の縞柄が眉毛みたいなご愛敬、眉毛ちゃんからマユちゃんになった。人に慣れていなかったので、近寄ることも、姿をじっくり見ることもできず、写真もない。 2002年7月、不妊手術へ運びたくて機会を待ったけれど、遂に捕まえられず・・そうこうするうち7月末頃、どこかでひっそり子を生み、一生懸命育て、生き残った2匹を銜えて引っ越してきたのが9月のはじめ。生後一ヶ月ちょっとの仔猫たちが、エサ場に決死の出没を始めた。黒白の子にグルーチョ(多分♀)キジ白の子に「小さなマユちゃんの子→チビマユ子→(♂と判明して)チビマユ」とりあえずの名前をつけた。 若い小柄なお母さんだったけれど、誰にも教えてもらっていないはずなのに、実に立派な子育てをしていた。心配性のマユちゃんは、仔猫を置いた場所が落ち着かない事に気づき、他に良い場所も思い当たらず、しばらくの間試行錯誤で引っ越しばかりしていたようだ。消えたと思うとまた戻り、を、繰り返していた。 畑の端に突如置かれた大きなバスタブには、水が張られていた。竹藪に隣接する畑は、それまであまり真面目に耕作されていなかった。人もあまり来なかったから、隅のほうは猫たちの昼寝場所、隠れ場所になっていた。いつのまにか少しずつ沢山の人に貸し出されていた。耕して土を作り種を蒔き、芽が出てくると、丹精して育てている人々には「憎き猫」だ。畝に被せたビニールの穴からやっと出てきた大事な苗の上を、霜を避けて猫が歩く。 - 「仔猫が2匹、
- 水瓶用のバスタブに落ち、
- 助けることができず半狂乱で
- 縁にしがみついていたお母さん猫がいた」
この話を聞いた頃、マユちゃん親子を見失っていた。目の前で子どもの命が失われるのを何もできずに見るつらさは・・ 私には想像できない。思っただけで胸が張り裂けそうだ。マユちゃんを最後に見たのは2002年12月29日。それっきり会えない。 チビマユだけふらり戻って、みんなと一緒にいるようになった。ノコちゃんも、ピンちゃんも、黒長も、兄ちゃんも、チーコも、みんなチビマユを可愛がってくれた。 2003年1月13日に不妊手術を終え、河原にリリースしたあと、2月16日を最後にそのチビマユも見失った。 - お母さんマユちゃんに呼ばれて、
- 夜鷹の星みたいに
- まっしぐらに駈けていったのだろうか。
- ここには、
- 私たちが安心して暮らせる場所がない、
- 守ってあげるからおいでって、
- 河原に残していたチビマユを
- マユちゃんがきっと呼んだのだ。
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キャンプ場の向こう隣にも竹藪があり、いなくなったホームレスのおじさんが残していったごみためのような住居跡に、ミミちゃんとキジ丸が隠れ住んでいる。二人とも女の子だ。何となくはぐれ者同士、仲良く一緒に暮らしている。 ミミちゃんは2000年春、既に河原にいた。梅雨になって出てきた蚊がいつも耳の周りを飛び交い、赤くタダレた耳は痛ましくボロボロで、目は白濁していた。長く生きられない子だろうと思った。夏にはもっともっと酷くなり、寒くなってやっと炎症が終息した。 2001年2月、自転車に積んで病院へ運んだ。3種混合ワクチン接種、不妊手術。妊娠していた。寒い時期のことだったので、通常の手術入院より長く置いてもらえるようお願いし、目と耳については、できるかぎりの治療をして頂いた。白濁した目は元に戻らなかった。 冬を越えた。翌年の夏も、次の夏も、ミミちゃんは耳から血を出して、酷い状態になる。蚊のアレルギーが強く出る子にとって、外暮らしは厳しい。 2002年の冬は特に痩せて、越えられないと思っていた。 - なんて強い子だろう。
- 何も求めず、
- 欲しがらず、
- 淡々と運命のままに生きている。
自分の命を繋ぐだけのごはんを謙虚に食べて静かに消える。ときどき高い声で、私はここだと訴えることもある。撫でることもできる。 - 触れると悲しそうな顔をして、
- 細い息のタメイキをつく。
- 自分から求めることはない。
- 捨てられた子は、
- 想像を絶する絶望を体験している。
それを越えることは、多分、河川敷の冬を越えるよりもつらかったろう。長く生きられないだろうと思っていたミミちゃん。痩せて、毛並みも悪くなった。随分苦しんだはずなのに、顔はとてもあどけない。思えば、こんなに細く長く河原で生きながらえているのだ。 | |
| 「幸せ組」に入れていいかどうか、是非本人に聞いてみたい所だ。 2001年10月。青い目の洋ちゃんをやっとケージに捕まえたとき、助けを求める声を聞きつけ、まだ仔猫だったこの子が必死でケージの周りの土を掘って掘ってパニック状態だった。その様子を見て、「洋ちゃんの娘だったのか・・」と思った。 そういえば・・キジ猫にしては色が薄く、何となく日本人(猫)離れした顔立ち、髭の付け根の点々が、長靴下のピッピとかニンジンとかのそばかすを思わせ、以来この子を「そばかす」と呼んだ。なかなかお茶目で、遊ぶことに注ぐエネルギー、集中力はスバラシイものがある。 悲しい事に、この子はずっと私を信用していない。目の前で、洋ちゃんやその他いろいろな子達を捕まえたからか、とも思ったけど、どうやら根っからの「人間嫌い」。不妊手術間に合わなくて2002年春に子供を産んだ・・と思う。でも、子どもを連れて来ることは遂になかった。 2002年7月、やっと捕まえた。不妊手術、ワクチン、駆虫、除虫、血液検査、エイズ白血病共に陰性。なぜフルコースだったかというと、慣れてさえくれたら、里親探ししたかったからだ。甘かった。この子は徹底的に人間が嫌いだ。猫が好き。他の猫たちには甘え上手。シャンプーも、爪切りも、櫛ときもできないまま、現在に至る。 人のそばで暮らしながら、決して人に慣れないことから、そばかす改めスズメに。スズメは呼びづらかったのでチュンチュンと呼ぶことにした。2002年7月から一緒に暮らしている。もう河原へ返せない。 |
| 2002年6月、竹藪のエサ場に忽然と現れた。びっくりしたり緊張したりすると、小さく固まって、丸くした体に茶色い毛がザワッ立ってタワシになる。少し長毛が入っていたかも。一日おいて関係者が誰もいないようだったので保護。一週間預かって頂いた動物病院では、先生にもスタッフの方にも可愛がられ、ご機嫌で帰ってきた。 元気で、可愛くて、性格も文句なし。我が家では先住大人猫たちにひるむこともなく、天真爛漫・エンジンフル回転・絶好調の日々。 インターネット経由で巡り会った新しいパパはフリーライター、ママは会社員。7月7日、820g。搬送応援に駆けつけて下さったKちゃんの車でお届けした。仔猫初めてのママは、ニャン太の「もみもみ」に感動する。「よい子に育てるための躾」についてテーブルの端に両面テープを貼りましょう、とかなんとか話し合っているうち、もうダメかも・・手遅れかも・・と、スパルタを断念。 そのままのびのび育てて下さって、幸せいっぱい。 |
| キジオ君はゴロリと混同して確認していた。長いしっぽ、細身のキジ猫。目や柄がよく似ているので、ひょっとしたら兄妹かもしれない。 2000年春から、多分、付き合っていたはずの猫さんだ。不妊手術は2001年1月に済んでいた。 これは、2003年1月に、未手術猫として病院へ運んで判明した。ピアスを付けて、ワクチンだけ接種して戻して頂いた。 写真を辿ってみると、富士子他、黒白兄弟の影になりながら、いつもどこかしらかに入っている。いるのに全く目立たない。 メイン猫舎、台下のエサ場に、コシロと並んで場所取りしている。必ずそこで待っていて、気が付けば皆勤賞だ。こんなに毎日会っていて、ほとんど気にされていないところがスゴイ。気にされたくないのだ。ノーベル賞のT氏がインタビューに答えて言っていた。 「Leave me alone ! 」 キジオ君を追い回したら、 かれもきっとそう言うに違いない。 河原からノーベル賞が出るとしたら、キジオ君以外には考えられない。険しいまなざし。頭の中には、計算式がつまっている。考え事をしているときに邪魔をしてはいけない。彼の通り道にころがっていたサンタを覗き込んで、一言。 | |
甘えん坊の天才「うーちゃん」 (現在の名前:くーちゃん)♀ | 2001年秋、どこからやってきたのか竹藪にポトリと落ちていた。生後3ヶ月から4ヶ月の仔猫だ。耳が大きく、キジ柄の黒縞がくっきりシャープで、しっぽは体に不似合いなほど長くて立派だった。愛くるしい目の女の子。 - これまで会ったどんな猫さんより人懐っこく、
- うーうーうーうー言って膝に乗り、
- バッグに潜り込み、
- 懐に貼り付いてしまう。
誰が捨てていったのか知らないけど、ここまで育てて捨てるなんて、ひど過ぎる。後追いも激しく、交わして置いていくのが苦しかった。 人を見るとすぐ走り寄って後追いするので、ひどい人に会って悲惨なめにあいはしないか、誰かに拾われてじきに見失ってしまうのではないか、両方思って毎日ハラハラしていた。大分広範にうろうろしていたのを、土手を通って見た友人からも聞いていた。 11月・・秋風が冷たくなって来た頃、風邪をひいて瞬膜がでて、ぐったりしてきた。これはいけない、慌てて連れて帰った。家に置いて不妊手術、血液検査(エイズ・白血病共に陰性)、除虫、駆虫、フルコースで済ませてから、里親探しに突入。 2001年12月初め、小学生の男の子かずとし君のいる3人家族に、うーちゃんを託すことになった。名前はうーちゃんからくーちゃんに。 男の子のお友達が沢山やってきても、ひるむことなく意気揚々、みんなの膝の上を渡り歩き、猫を飼ったことの無かったパパにもべったべたで、あっという間に新しいお家に溶け込んでしまったそうだ。 甘えん坊の天才!愛さずにはいられない可愛い子。 |
| 大柄でオデブのキジ猫ブーちゃん。 2000年春から河原にいた子。勢力争いするような根性はさらさら無くて、専ら「ごはん一筋」で頑張っていた。 2002年2月まではほとんど皆勤賞。3月に入ってふっつり消息が途絶えた。未去勢だったから定着できなかったのかな?気が弱かったから追いだされてしまったのかな? 何にも力になってあげられなくてゴメンネ。 どこかで生きているのかな? その気の良さを買われて、飼い猫になってのんびり暮らしているのならどんなに良いかと思うけど、それはないだろうね。 - もしも生きているなら、
- いつでも良いから帰っておいで。
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- 発見当時片目だったので「石松」クン
- 現在は
- チャトラオソルベシの
- 「眞瑠蔵(まるぞー)」クン♂
| 発見したのは、秋も深まり冷たい風が吹き始めた2000年11月。猫原っぱの草の中で逃げ回っていたチャトラのチビ猫。 風邪をこじらせひどい状態で、放って置いたらそう長くは生きていけないだろう、保護を急がねば・・でも、うちには置いてあげられない、どうしよう・・お向かいに住むご夫婦が、とても可愛がっていたチャトラを亡くされたばかりの頃のこと、河原に具合の悪そうなチビチャトラがいると話したら、早速お二人で見に行って下さった。姿は見たけど、全く近寄れなかったそうだ。 何とか保護して連れて帰ると、一時預かりを申し出て下さった。病院へも何度も連れて行ってくださり、目薬をさして、大事に大事に看て下さった。片目の白濁は少し残ったけれど、失明の危機は免れた。 保護した当初は確か手のひらサイズ・・12月に入って、この子はとってもいい子だと、獣医先生が後押しして下さったこともあり、パパとママが決心し、2代目の猫として迎えて下さった。記念すべき、一番目の卒業生。河原からお家を見つけた初めての子。 どんどんどんどん大きくなって、一年したら巨大な猫さんに成長した。決まったドライを決まった量しかあげていないのに、こーんなに大きくなってしまった!タメイキついてママがしみじみと言うには、 一人では淋しかろうと、色々なお友達に会わせてみたけれど、ちっとも喜んでくれない。しばらくして判明した。 窓の下に大きな犬が通ると、きゅーんきゅーん鳴いて甘え、おしりの臭いなど嗅がれてしまうと・・うっとり! 現在隣の市に引っ越して、大きなお家でのびのび一人っ子を満喫中。 |
| 河原にいたチャトラはトラキチだけで、1999年秋の写真にその姿が残っている。2000年春から初夏にかけて、緑の中で見るトラキチは神々しかった。前足の爪に怪我をしていて、化膿しているのに気が付いても、近寄れない子だったのでどうにもならなかった。ごはんにも、来たり来なかったり。当然、触れたことは一度もない。未手術だった。 2002年春。仕事に急いでいた朝、河原猫ポイントから少し離れた所で、事故にあって倒れていたチャトラを見た。トラキチだったらどうしようと思いながら、遅れることのできない日だったために通り過ぎた。その後、河原猫に猫舎を作ってくれたりトイレ砂を運んでくれたおじさんから、道で轢かれていたチャトラを埋葬したと聞いた。 やはりトラキチだったかと肩を落とした。その頃から行方不明だ。違うかもしれないといつも思った。はっきり見ていないのだから、信じられない。だって、私はまだ、トラキチに何にもしてあげていないのだ。そのような惨い果て方をしたとは思いたくないのだ。 - トラキチは風になった。
- 新緑の中を吹き渡るのが、
- こんなに似合う子は他にない。
- ススキの穂を揺らすのが、
- こんなに似合う子は他にない。
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| 夏の朝に儚く散るまだ血気盛んだったコシロが、ガガーガガガー唸っている。誰かと覗き込んで、やはり同じように血気盛んだったチャトラを発見。道場破りみたいに、メイン猫舎台下のエサ場に、ひとりで斬り込んできた。 2002年初夏。7月22日、初めて近くで姿を見、そっと手を伸ばしてみたら、ヒトになれている。とてもおとなしくて、良い子だった。きっと元飼い猫だ。初代トラキチに無念な思いを残していたので、ここに何とか留まって、みんなと一緒に暮らして欲しいと願っていた。 2002年7月27日、土手を下りてすぐ、変わり果てた姿を見つけた。悔しくて、悲しくて、日記に書いた。二代目トラキチは、いっそう儚かった。写真もたった一枚だ。 - 猫たちの追悼集会は、
- 音もなく、涙もない。とても静かだ。
- 特にとどまる理由もないけどさりがたい、
- といった感じで、仲間の「死」を囲むのだ。
みんなの見守る中、ここだと思った原っぱ隅の木陰に「えいっ」とスコップを突き立てた。あまりの堅さに泣きたくなった。少し場所を変えて、懸命に掘った。汗がどっと流れた。何もしてやれなかった初代虎吉の分まで思いを込めて掘った。虹の橋で彼がこれから待つのは、最初にのどを鳴らして甘えた人なのだろう。そいつがこの子を捨てたんだろうな。思ったら、なんだかくやしかった。 |
| 2003年5月30日竹藪奥からぬっとやってきた新参の流れ者大型チャトラ。顔がスゴイ。耳がちぎれている。これはスゴイ。マサルさんよりスゴイかも。。 6月28日、ケージに入った所で身柄確保。応援にきてくれたO夫妻に病院搬送をお願いし、手術となった。3種混合ワクチンも接種。耳は確か「ジケイシュ」という病気で、縮れてしまったそうだ。よく見たら気も弱そうだし、目つきが悪かったのは体調不振のせいだ。目やにで隈取りができていた。 一番奥のエサ台が彼の場所となり、いつも地蔵様のようにむっつり座って待っている。ニコリとも笑わない。だれもトラちゃん相手に喧嘩をふっかけるようなことはない。ぼくは平和主義者だよって、早いうちから宣言していたのだろう。 2003年夏、ほぼ皆勤賞で竹藪に居住権獲得。2003年秋、新参ハゲ黒猫が出没するのに呼応するように、トラちゃんも禿げ始めた。どうしたものか、見るたび酷くなってオロオロしている。 - キミは一体何を考えているの?
- その暗い性格何とかした方が良いんじゃない?
- 言うのは、もうちょっと良くなってからにしようと思う。
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| 小さめの丸い顔に、目鼻がちまちまっと中心に集まっているような印象の顔。キジ柄の女の子。不妊手術は2001年1月。 - 「アタシは何がキライかって、
- 人間ほどキライなものはないの。
- いっぱい怖い思いをして、
- そういうふうな結論に達しているのよ。
- お日様は好きだけど、
- 無防備な場所でのんびりお昼寝なんて、
- 良くできるわね、ゾッとしちゃうわ。
- ミミちゃんもそう。
- あたしたちは意見がぴったり合ってたの。
- ごはんを食べに行くのに不便が無くて、
- ちょうど良い場所見つけたのよ。
- あっちの竹藪に、人間がいなくなった小屋。
- 急に誰かがやってきても、
- 隠れるものがいっぱいあって安心。
- そのままダッシュで竹の林の中にも逃げ込める。
- ギコギコ井戸にいつもあるバケツの水もおいしいし、
- 遠くからあっちのエサ場を見ていて、
- 誰もいなくなってから出かけていける。
- 美味しいものはなくなっていても、
- カリカリだけはたっぷりあるので困らない。
- アタシもミミちゃんもカリカリ一筋。
- それで何の不満もなかったのに・・
- ミミちゃんがね、
- 今年はどうも駄目そうだってぶつぶつ寝言を言うから、
- 悲しかった。
- アナタ蚊の多い季節に弱いから、
- ちょっと弱気になっただけ。
- もうじき乾いた風が吹くから、
- 赤くなったその耳乾かして、
- 沢山食べて、冬毛をしっかり蓄えましょうって、
- ずっと励ましていたのに・・・」
ミミちゃんがふっつり出てこなくなって、キジ丸の曇り顔が、いっそう曇った。ギコギコ井戸でお皿を洗っていると、竹やぶの中や、丈の高い草の中からじっと見ていて、名前を呼ぶと困ったような顔で、口をぱかっと開けて返事をする。アタシのことはほっといて!に聞こえる。 淋しいのか、ほっといて!と、ぶつぶつ言いながらも前より姿を見せてくれるようになった。出席簿に○が増えた。 |