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河原猫の世界

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クニクニ族
麗しの「富士子」=「お母さん」


白地に濃いグレーの斑模様。河原の猫に関わり始めた当初からのオリジナルメンバー。人懐っこくて、切れ長の目をした美人。きっと元飼い猫。河川敷に捨てられたのだろう。どちらかというと変人で、突然だーっと走り出したり、ゴロンゴロンひっくり返ったり、意味不明の叫び声をあげたりする。

2000年初めに黒白3兄妹を産んだ後、5月にまた出産。そのときの生き残りは「はんぺん」という仔猫♂だけだった。その子をニグレクトしたまま、またもや妊娠中だった。2000年7月、意を決して不妊手術に運ぶ。河原猫不妊手術第1号の猫になる。はんぺんが手術から戻ったお母さんに甘える姿を、今でも強烈に覚えている。じりじり日の照りつける夏に元気がなくなり、冬が来る前に消えてしまった。儚い命だった。

短い生涯を閉じたはんぺん。
最後にママに会えてよかったね。

富士子はその後もずっと丸々太っていたので、いつも妊娠中と間違われた。

2003年5月1日姿を見たのを最後にふっつりり・・・。富士子を見失ってどのくらい悲しいか、言葉で言えない。

約束していたのに・・・
家に連れて帰ってあげられなかったこと、
許してね。
2002年7月18日、竹藪猫舎下のエサ場で発見。白い妖精のように、暗がりに浮かんでいた。その後、白ママと並んでごはんを食べる姿を見るようになる。白ママが5月中旬に生んだ子らしい。ママのガードが堅くて、人の手の届かない子だった。

2002年10月。追いすがるコクニがママから拒絶される一部始終を目撃し、夢中でその様子を追った。なきべそをかいたコクニ。ノコちゃんが励ました。

ママとお別れしてしばらくは、ノコちゃんと一緒にいた。原っぱで仲良く歩く姿を見た。草の中で遊ぶのを見た。

2002年12月、白ママ、コシロと共に不妊手術。ワクチン接種。そしてリリース。初めての冬を越えて、コクニに訪れた春。

原っぱも畑も、猫たちにとって安心な場所ではなくなってきた。猫たちがいるだけで声を荒げて追う人があり、石を投げる人があり、原っぱには何度も草を殺す薬が撒かれる。私が猫たちと遊ぶ心のゆとりを無くしていたのも重なって、コクニのもっとも楽しい時期を、一緒に過ごせなかった。ごはんにはちゃんと来てくれるけど、笑わない子になった。笑わないのは、白ママの気質を受け継いだためかもしれない。辛抱強くじっと座って食べる場所が空くのを待つコクニに気が付くと、脅かさないよう、そーっと、ミルクとごはんを置いてあげるようにしている。

2003年1月、コクニと間違えて写真に撮った「ミュート」。本当によく似ている。双子の弟かと思った。でも、大きさからすると、コクニを生んだ後、白ママの次の出産でミュートは生まれたのかもしれない。

笑わない妖精「コクニ」
♀ 2002年夏 河原生まれ

大好きなママ。
でも突然の子離れ宣言に、ボクの胸は潰れそうだった。
一人だってへっちゃらさ。
がんばって生きてるよ。
たまには淋しくて泣きべそかいちゃうけどね。
一度見たら忘れられない「クニクニ」
出どころ不明 推定6歳♀

見えなくなった目で
空を見上げ

聞こえない耳で神様の声を聞くクニクニ
  
これがクニクニを見た最後です
2006年5月以来不明
2000年春には既に河原にいた。

頭に黒い柄のある白猫たちを、私の出席簿では

「クニクニ族」

と呼んできた。クニクニはその筆頭の猫。鈴子の妹。

1999年秋の写真に、クニクニ柄の猫がいた。姉妹の母猫だったかもしれない。春までには消えていた。

クニクニ族は、みんな揃って用心深い。発見当時の原っぱでは、じっちゃんが娘っこだったクニクニを追いまわしていて(友人がこの状態を「粉をかけている」と表現した)、おかしいような悲しいような、複雑な気持ちでその様子を見たような気がする。幸い、大事には至らなかった。

クニクニは、赤べこの振り子人形みたいに、頭を振りながら歩く。慌てたりするといっそう激しく振る。ゴルフボールや石ころなどをぶつけられてそうなったのだ、と言う人もいる。先天的な障害、と言う人も。どうしてクニクニの頭が定まらないのか・・実際の所はよく判らない。

どこで寝起きしているのか不明。冬の間は、猫舎の寝箱でよく見かけた。長いつき合いになるのに、一度も触らせてもらった事がない。相当な怖がりで、滅多な事では人に近寄らない。だから生きながらえているのかもしれない。

金色と青色の目(オッドアイ)の白猫だ。ちょっと太っている。耳が弱くて、ときどきタダレ方がひどくなる。ごはんに薬を混ぜるのがやっと。

クニクニやクニクニや
どうか楽しいと思う事をいっぱい見つけて、
自由に生きてね。
いつかその頭に
手を乗せさせてね、
カイロの寝箱には負けるけど、
人の手だって温かいんだよ。
クニクニ姉妹のお母さんかも?
♀2003年春、不妊手術に運んだら、なんと!・・・既に終わっていた。ワクチン接種し、赤いビーズの耳ピアスを付けて頂いて帰ってきた。耳からドロドロ流れ出ていてひどい状態だったので、悪くなっていた患部を取り除く処置をして頂いた。治療ができたので、良かったかもしれない。

クニクニ族はみんな無愛想でみんな耳が弱い。不妊手術は2001年1月に、終わっていた。その時「済んだ」と記録していた「ミルク」が実は未手術で、クニクニモドキと間違えていた事がわかった。

クニクニモドキというのはとても失礼な名前と思うのだけれど、この子は原っぱ向こうの畑のさらに向こうの、テニスコート横で、盛大に陣地を広げているおじさんの飼い猫の一人だ。竹藪から流れていっておじさんと出会ったのだろう。そこからトコトコと、用心しながら歩いてくるのを、土手の上から目撃してわかった。

私には心を開いてくれないけど、人間嫌いではないと思う。きっと名前もあるのだろう。竹藪ではクニクニモドキのままにしている。竹藪まで来る前に、他のエサヤリさんの置きエサで間に合わせることが多く、こちらまで来ることは滅多にない。

飼い主のいる「クニクニモドキ」


音のない子「ミュート」

2003年1月 発見。

発見当時推定4~5ヶ月。人を見るとぱっと逃げる怖がり。本当はもっと以前から姿を見ていて、コクニだと思って気づかなかったのかもしれない。ノコちゃんを見ると、シッポを ピン と立ててまとわりついて、男の子と判明。

2003年3月、不妊手術、ワクチン接種後、河原へリリース。河原には白ママの他に未手術だった白猫、最後の難関だった「ミルク」がいるので、白ママの子か、ミルクの子か、今となっては判らない。

穏やかで、たたずまいの静かな子。いつも香箱作ってちんまり座る。声をかけると口だけ開いて返事をする。だから、ミュート。5月には皆勤賞の子になった。エサ場にいつまでも留まり、私のする事を観察するようになった。ノコちゃんばかりでなく、兄ちゃんにも可愛がられていた。コクニと組んずほぐれつのプロレスもしていた。

ちょっと距離が縮まって、これから、、だったのに・・6月11日を最後にふっつり消息が途絶えた。一体ミュートに何が起こったのだろう。

2002年9月25日発見。
猫舎の中段に何者かがポイ捨てして行った
・・赤ちゃんだ・・

保護したときはとにかく小さくて、途方に暮れた。困ったときはとにかくUさん宅へ駆け込む。Uさんが連絡を取って下さったのがMさん、里親探しのできる大きさまで育てて下さることになり、フクちゃんと一緒に赤ちゃんを迎えに来て下さった。

フクちゃんも捨てられて死にかけていた所を保護されて、470gまで育った所だった。赤ちゃんを舐めてそのふかふかの胸に抱いて温めてくれた。優しいお姉ちゃんだった。芸術的なかわいらしさに圧倒される。特別に、ふくちゃんも登場(写真→)

この子は毛が薄いし、しっぽは子豚みたいにクルリンだし、器量は良くなさそうだから難航するかもネ、なんて心配していたのに、予想を遙かにこえて、こーんなにかわいらしい猫さんになってしまった。

UさんMさんフクちゃんに助けられて、赤ちゃんは2002年11月4日、「もみじ」という名前で暖かいお家に引き取られていった。現在、くるみちゃん、という妹分もできて、幸せに暮らしている。」

あんまり可愛くないあかちゃんだったのに
こーんなに愛らしい猫さんに
なってしまった「もみじ」
♀2002年9月中旬生まれ
フクちゃんと一緒だにゃん
あったかい・・・
友情出演 フクちゃん
お美しい・・・・
フクちゃん幼少のみぎり
お美しい・・・

いつも寂しげだった「鈴子」♀


クニクニと姉妹。2000年春からのおつきあいだ。

2001年1月不妊手術の捕獲応援にきてくれた友人が、「頭にグレーの模様の子が入っているよー」と言い、お母さん富士子と勘違いした私が、「その子はもう終わっているヨー」と確認せずに言い「それじゃ逃がしてあげるねー」となり、2月末不妊手術に漕ぎつくまで、とても苦労した。このときの友人の名前をいただいて「鈴子」になった。

鈴子はいつも元気が無くて、表情も寂しげだった。
辛いことが沢山あったのだろうか、
ひどい目にあったのだろうか、
人に決して気を許さず、
近寄らず、
触らせず、
友達もいなかった。

エサ場には、クニクニに励まされて通っていたのかもしれない。寝箱にも時々入っているのを見たから、全く私を拒絶していたわけではなかったと思う。

2002年夏、めっきり痩せて、儚げな姿見るたびつらい気持になった。ミルクが好きだったので、会うとそっと勧めた。

9月1日
姿を見たのが最後だ。
それっきり風になった。
2001年夏、河原生まれ。白ママの子。秋になって白ママは、コシロとコハチだけそばに残し、小さなクニクニ柄の姉妹2匹を猫舎に置いていった。薄墨で書かれた「へ」の字を、頭頂に貼り付けていた。クニクニ柄の小さな子、で「コクニ」。ママと別れて寂しかった時期、私と一緒に遊ぶピンちゃんたちの影響を受けて、竹やぶの中でわいわい遊んだ。遊んでいるうち、少しずつ慣れてくれた。もう一人のコクニは消えてしまった。

12月、不妊手術で連れて帰り、血液検査エイズ白血病陰性、除虫、駆虫済ませて、そのまま家に置き、インターネット掲示板で里親探しを開始した。クロちゃんと仲良しで、いつも一緒にいた。

テレビの上でくつろぐクロちゃんを枕にしてくつろぐみーしゃ

シャンプーもクリアして、良い子だったみーしゃ

瞳は金色に近い黄色で、頭頂の他、しっぽの先にも薄墨の模様。とてもかわいい子だ。

翌2002年1月、お腹の出っ張りに気が付いて病院へ行くと「臍ヘルニア」とのこと。白ママがこの子のへその緒を切るとき失敗して、穴が空いたままになってしまったのだそうだ。開腹手術となった。みーしゃには何の落ち度もない。かわいそうだった。そんなこんなで難航した里親探し、長年共に暮らした「みー」という白猫を亡くされたお家から問い合わせを頂き、ヘルニアの手術を乗り越えた後で、みーしゃは引き取られることになった。

2002年2月14日。新しいお家へ。環境の激変で、3日ほど泣いて、みんなでハラハラ心配した。大事に大事に育てて頂いて、現在はとても元気に幸せに暮らしている。みーしゃのママから、河原の子達にと、いつも暖かい贈り物が届く。

みーしゃの近況写真とお手紙には、いつも感動する。2003年4月20日、河原の帰りに保護したチビ仔猫を、日記で見たみーしゃのママが引き受けて下さった。みーしゃには突如出現した妹。激しい拒絶に断念しかけたけれど、ご家族みんなで見守って下さり、難関を突破した。

初代コクニ(現在の名前:みーしゃ)

白ママの娘 ♀


 
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