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河原猫の世界

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シロキジ猫
風になった「ちびまゆ」
♂2002年夏 河原生まれ

お母さん、グルーチョ・・・
ピンちゃんもやさしくしてくれるし、大丈夫だよ・・

2002年9月初め、マユ母さんが猫舎の横に仔猫連れで引っ越してきた。
女の子だと思って、マユちゃんの子だから「ちびまゆこ」ちゃん。
もう一人は、黒白柄の「ぐるーちょ」。チビまゆは、・・・男の子だった。

マユ母さんもぐるーちょも、風のように消えた。
畑に置かれた水桶用のバスタブで溺れ死んだ子がいたと聞いた。

縁に乗って、
溺れている仔猫を助けられず
半狂乱で叫んでいたお母さん猫がいたと聞いた。
まゆちゃんのような気がした。

一人になったチビまゆを、弟分のようにかわいがったのが「ノコちゃん」。いつも一緒にいた。ノコちゃんに野良猫のイロハを教わった弟分。12月、不妊手術。人に全く慣れていなかったので、保護を断念。そのままリリースした。

河原の猫たちみんなにかわいがられた子だった。ピンちゃんにも沢山舐めてもらった。黒長シッポもおもちゃにして遊んでいた。冬の間はメイン猫舎の寝箱に、ノコちゃんと一緒に入って寝ていた。

2003年春、
ちびまゆの身になにが起こったのか、
いつの間にか見失ってしまった。

用心深かったマユ母さんは
小柄な女の子だった

2000年夏頃から見かけるようになった。特にいじめられっ子ではないけれど、お友達はいない。

2001年1月不妊手術。翌朝リリースという荒っぽさにも、へこたれなかった。具合の悪そうな所を見たことがない。強い子なのだろうと思う。

身だしなみが良くて、いつも毛並みはきれいだ。
ごはんトレイの争奪戦で、
花子の必殺猫パンチを浴びた子数知れず。

竹藪に居住権なく、破れビニールハウス群から松林方面の畑、あるいは、小屋掛けしている人のところで寝起きしていて、通ってくるのかもしれない。無口なので、何を考えているのかよく判らない。

身だしなみの良い「花子」♀
有閑猫倶楽部「おはなはん」の会員3号どすえ~。

ふくふくの「丸子」♀ きっと捨てられた子 

      
   
                                                                           
                                

                                         



2002年夏 ふらり現れた。

新しい女の子を嫌うまさおくん、ピンちゃんサンタに追われ竹藪に居住権を得られなかった。

2002年12月不妊手術へ。大好物唐揚げの魅力に抗しきれず、あっさり籠に飛び込んだ。破れビニールハウス群からミス河原&サム君親子が世話になっているおじさんのところに流れ着き、サム君のお気に入りだったそうだ。

甘えん坊の丸子。
ソックスとお友達だ。
ガチャともお友達だ。
河原時代は居場所も落ち着かず心細かったろうね。

ソックスが3月に良いご縁に恵まれたあと、寂しがっていた丸子を、ソックスのお友達に推薦。現在、マーチになったソックスとラブちゃんになった丸子、二人でいっしょに暖かいお家での暮らしをエンジョイしている。

                                  

ヨーコママの子。

3ヶ月ほどに成長した頃、ママに突然突き放された。誰からもかわいがられる子で、いつもみんなの中にいた。コクニが白ママから突き放されたときは、コクニの側で心配そうに見守り、ちびまゆが一人になったときも、やはり側についてあげていた。

自分が大事にされたように、
他の小さな子達も
大事にしてやる。
とてもやさしい子なのだ。

大きな澄んだ瞳スレンダーで手足の長い子妹は7月にそばかすと一緒に河原を去った。ヨーコママの教育が行き届いていて、二人とも人間に簡単に気を許さない兄妹だった。

2002年12月不妊手術に運んだ時、あまりのショックで別人(猫)になってしまったノコちゃん。河原にいるときの、のびのびした様子を思い、無念のリリース。

あのとき保護しておけば、怪我をして片目になることは無かった、あのウツクシイ目を痛めることなど無かった、

後悔も少しはある。
だけどノコちゃんは、
河原でいきている。

河原でみんなと生きている。それが幸せなのかか不幸せなのか、そんなことはどうでもいいんだって。

河原の風雲児「ノコちゃん」
2002年春 河原生まれ♂

ノコちゃん♂の
河原デビュー
いつだってママと一緒
ヨーコママに
置いていかれたノコ
妹が保護され一人になった
ヒトリダッテヘイキサ ナクモノカ
 牛若ノコ
騎士ノコ
富士子とシンクロ
ダイスキナチーオネェサン
イツデモボクガ
マモッテアゲルネッテ
イッテイタノニ、
ボクガケガヲ
シチャッタンダ・・
怪我ノコ
片目になったノコ

なにやらいつもウフフ顔の
「ピンちゃん」♂
                                             
ほげーっ・・・

河原の看板スター

 

ちょっと丸くなって撫でられるようになったぴんちゃん

「里子にでようか?」
「うーん、走り回ってもいいなら
どこでも行くよ」

2001年7月、エサ場デビュー。黒ママの秘蔵っ子。サンタ、ポンちゃん、コミケと4兄妹。

仔猫の頃から撮り続けた写真が沢山ある。表情が豊かで、味わい深い猫さんだ。日記に登場した回数も多い。鼻の頭に、お祭りの時子どもが付けるおしろいみたいな模様がある。シッポの先がちょこっと白い。足にも白いソックスをはいている。意味深に目を細めて人の顔をじっと見る。

何が楽しいのか
いつもハイで、
ウフフ顔だ。
2001年9月、不妊手術。慢性の鼻器官炎で、くしゃみが出始めると止まらなくなることも。涙目の時もある。他の猫たちから特に慕われているわけでもなさそうだし、面倒見が良いわけでもない。なぜかみんなピンちゃんに一目置いているみたいに思う。サンタと一緒に「河原の自警団」、を引き受けているフシもある。ひたすらパトロールする。

人を怖れぬ変な度胸のある子で、土手の上を通る人にも、土手の下を通過していく人にも、とりあえずチェックを入れて、気をひこうとする。人懐っこいべたべた猫ではなく、手が伸びると、ひょいひょいっと逃げる。

お調子者、おちゃらけ者、太鼓持ち、みたいな子だ。何をやっていても、ただ寝ているだけでも、ついつい注目してしまう。いつの間にか河原猫のコアメンバーになった。この子がいないと河原猫は始まらない。

新しい女の子たちにプレッシャーかけて追いだす癖だけは、どう話して聞かせても治らない。おどおど、こわごわやってくる子を脅かすのが大好きらしい。コマッタモノダ・・・

2003年夏、ピンちゃんスリムながら絶好調。鼻水飛ばしながら、竹藪を走っている。





















ガチャ、丸子と同じ頃に発見。初めて会ったときから人懐っこい子だった。河川敷駐車場へ土手を下りていく道で、早朝・・ごはんの到着にも反応無く遠くを見つめてポツンと座っていた。
忠犬ハチ公みたいに
ただひたすらに自分を捨てた飼い主が
迎えに来てくれるのを、待っていたのではないか
とそんな風に思ったら、可哀想でならなかった。

竹藪に入ってくるのは決死の覚悟。追いだされないよう一生懸命だった。マサルさんと、破れビニールハウス群のジャングルで、仲良く一緒にいるのを何度か目撃した。ミス河原のおじさんのところに、丸子たちと押しかけていたり、なかなか居場所が定まらない。

2003年3月。不妊手術。妊娠していた。FIV陽性だった。成猫の里親探しが難しいことを覚悟の上で保護を決意した。この子はなんとしても河原から救出したかった。

インターネットで里親探し開始してから一ヶ月。河原時代の苦労が全部報われるくらい、あたたかな人に出会うことができた。

いつまでも幸せにね、
さよなら、
ソックス・ハチコ・・
しっかり者の「ソックス」
♀2002年夏

今はマルコ(現ラブ)と一緒に、幸せに暮らしてるよ。新たしい名前は、マーチ。

神秘的な灰色の瞳
 「ヨーコママ」♀

そばかすは洋ちゃんの娘、ヨーコはその前か、さらに前に、洋ちゃんが生んだ子と推測される。
根拠は、ヨーコの瞳の色。
優雅な立ち居振る舞い。
立ち上る気品。
蚊に刺されると、耳にアレルギーがひどく出ること。
竹藪奥からやってくること。
人間嫌い。

2001年8月、河原猫名簿入りし、8月中確認できた日数は4日。

2002年春、仔猫を連れて現れた。キジ白♂ノコちゃんとキジ♀コネちゃん。親子のエサ場での様子は、とても興味深かった。

ごはんの食べ方、
人間への警戒の仕方、
他の猫たちへの距離の置き方、
黙って見本を示し、
時々叱り、
仔猫が猫として生きていくための道を粛々と教えた。

そして時期が来ると、容赦なくノコちゃんを突き放した。

ヨーコママは笑わない。いつもさめた目でじっと見る。容易にはうち解けてくれそうにない。

2003年早春。ヨーコのお腹がまたまた膨れてきた。見るたびどうしたものかと思案に暮れた。どうやったら捕まえることができるのだろう・・ものすごく用心深くて、しかも、他の子達が捕まる所を散々見てきたヨーコなのだ。今年こそ生ませてなるものか、の一念で粘り、また粘り、呻きながらの一騎打ちだ。

2003年3月29日。ケージの中のごちそうに釣られて、ヨーコがついに入った。・・わかってもらえないかもしれないけれど彼女が命がけで産む子達が、この河原で無為に果てていく繰り返しを、私が阻止する、

紐を引く手が震えた。

ヨーコが慌てた様子を見せたのは、出口を失った最初だけ。なるようにしかならないと悟ったのか、ケージの中で微動だにせず、不覚にもそのために入ってしまったごちそう缶の残りをきれいに食べ、一言も発せず、取り乱しもせず静かに病院へ運ばれた。夜になって、ヨーコが既に出産していたと先生から連絡が入った。そして、不妊手術後の翌朝、どこかでママを待っている仔猫のために、緊急リリースをした。

2003年7月までに、ヨーコの子3匹を確認した。いつまでも仔猫たちを自分の側から離さず、仲良くいっしょに出没している。慣れて甘えん坊の子達ももちろん好きだけど、私は、ヨーコのような妥協のない猫さんも好きだ。

ピンちゃんサンタの弟。

2001年7月エサ場デビュー。ピンちゃん・サンタ・コミケと、順調に秋には不妊手術終わったのに、この子だけ、なかなか捕まえることができず延び延びになった。

2002年春、河原の猫たちの世話が終わって土手上の自転車道を行きかけたとき、たまたま一緒にいたM氏が叫んだ。

「だめだ」と言って、走った

私が猫舎に引き返し、段ボール箱を持って戻るまでに、沿線道路で車に轢かれたばかりの若い猫さんを、M氏が抱えて来ていた。

顔も判らないほど哀れな有様で、恐くて見ることもできなかった。どうにもしようがなく箱に入れて、草むらに隠して仕事に行った。夕方、スコップを買って来てくれたM氏と待ち合わせ原っぱの隅に埋葬した。

この柄の猫さんで、いない子だあれ?

聞かれて一太郎かポンちゃん、と答えた。一ちゃんにはすぐ会えたけど、ポンちゃんにはそれっきり会えない。だから、埋葬した子はポンちゃんだったのだと思う。




お星様になった「ポンちゃん」♂

一日で運命を決めてしまった「もっぷ」♀
現在の名前:みさき(岬)ちゃん

2002年8月13日朝。

竹藪エサ場でごはんの時、みんなに唸られながら、場違いな感じで途方に暮れながらうろうろしていた。長毛が入っている子で、耳の毛がしょわっと長く、ふかふかで、目はぱっちり。

6月の子がタワシ君なら、この子は8月のモップ。おとなしくて簡単に抱き上げることができた。

見れば大変な美人さんだ。

いったい誰がこんな可愛い子を捨てていったんだ!と憤りながら、緊急保護した。

Uさん宅で夕方お見合いがあると聞き、大急ぎでシャンプーして乾かし(無抵抗)蚤駆除。動物病院へ運んで血液検査。エイズ白血病陰性。虫下しを飲ませて頂き、ワクチンも接種。体重1.1kg。生後約2ヶ月半。

お見合いは大成功で、同じ町内に住むご夫婦が引き受けて下さることになった。

2003年3月、発情で慌てたご夫妻より連絡を受け、諸事情あって迎えに行き、不妊手術へ。久しぶりに会ったら、輝くばかりの美しさ。甘えん坊のお嬢様になっていた。

2002年5月末、サブ猫舎の中で泣いていた赤ちゃん猫を発見した。仕事前の朝だったのでどうにもできず、とにかく出勤。帰りにケージ持参で立ち寄ると、朝と同じ場所で、やはり一人であーあー泣いていた。母猫がいるならこんなに長時間放置しないはずと思い、保護。生後一ヶ月、まだまだ小さな子だった。

健康診断と蚤駆除、虫下しを飲ませて連れて帰った。インターネットですぐ里親探しにかかった。高校生の女の子がご両親を説得して、里親さんに名乗りを上げて下さった。

彼女はハンドボールの選手で、真っ黒に日に焼け、ショートカットで、まるで少年のよう。待ち合わせの駅にお母さんと現れたとき、娘と一緒に・・と聞いていたのに、聞き間違えたかと思った。

おじゃるを「男の子」として里子に出し一ヶ月後、、ワクチン接種に行った病院で、女の子と判明したと連絡を頂いた。

最初の健康診断で確かに「オス」と言われたのだ。先生も間違えた。そんなこんなで、みんなでびっくりした。

不妊手術も済みました、と、お便りに添付されていた写真はこの通り→

あのチビちゃんがこーーんなに大きくなったのね、、

やんごとなき眉毛の「おじゃる」♀
現在の名前:ライちゃん

流れてきた「シトラ」♀ 美しい子




                                 
    ガオの道を走ってくるシトラ
                         転がっていた切り株で爪を研ぐシトラ                     
    
                                
                   ガオの道薮組の女の子たちに、
                   寝箱も猫ハウスもない。
              どうやって雨や風や寒さを凌いでいるのか・・

                  
                  
                                                





 白グレーで長毛の、シッポの短い子がいる。
 姿を確認した2003年は遠くからしか見ることができなかったので、
 雄雌も分からず、姿を見かけた日は
 出席簿の欄外にただ「白グレー長毛」と書いていた。
 小夏のように、
 おじさんの小屋に寝起きしている子のようだった。
 原っぱまでごはんを食べに来るのは、
 毎日の食事がきちんと与えられていなかったからだと考えた。

2004年春ころから竹薮へも現れるようになった。
 切れ長の大きな目、
 くっきり入ったシャドウ、
 毛並みもふわふわ美しい。
 やがて シッポの先が赤くただれ、膿んでいるのに気がついた。
 動くとすぐ逃げてしまうため、
 原因も、どういう状態なのかも、詳しくは分からない。
 梅雨から夏にかけて傷が悪化する季節なのに
 どうすることもできなくて気を揉んだ。
 
 シッポにトラブルのある子・・そこから
 「シトラ」と命名。
 
 竹薮から、ガオの道に移動。
 白ママ、ヨーコママ、マダラ、はっち、ガチャ、ミルクなどと、
 女の子だけの薮組を構成、シトラはそこに根を張った。
 ごはんの待ち方が、とても熱心になって、
 毎日私を見つけると走ってくるようになり
 体をすり寄せてくれるようになり
 膝に乗せて撫でると くったり脱力して
 身を任せてくれるようになった。

         こんなにおとなしくて 人に慣れた子だったのね・・・
          逃げていたのは ただ怖かったから なのね・・・

2005年2月5日 遂に保護

 ずっと気になっていたシッポの治療をやってあげることができた。
 推定3才、河原で苦労して生きてきたシトラ。
 こんなに慣れてくれたのだから、
 手術が終わってトラブルを解決できたのだから、
 再び河原には戻さないと決めた。
 長毛の子が外で暮らすのはとても困難。
 シトラの被毛は汚れて あちこち固まっていた。
 
 同時に保護した一ちゃんが、
 里親募集の準備のため行った血液検査で
 白血病キャリアと判明し
 私自身が引き受ける覚悟をした。
 そんなとき
 シトラの一時預かりにお申し出があり
 にゃんこ先生のあたたかい細やかなケアーを受け
 シッポの傷も順調に快復。

2005年3月14日里親さんが仮決定
 27日から新しいお家での生活が始まり
 ご家族に愛され、
 先住2匹の猫さんにも受け入れてもらえて
    4月15日正式に家族の一員として迎えられた。

 3月16日 河原でずっと見てきたちっちゃな大姉御「チーコ」を失い、
 4月に入って チーコを追うように急激に悪くなったサンタを保護して入院させ
 ろうそくの火が燃え尽きるように細くなっていく命を見つめていた。
 一ちゃんが 4月6日桜の開花の日に亡くなり
 そして15日、最後の一灯り放ち逝くサンタを見送って泣いた。
 すっかり心がヨレヨレで
 シトラの幸せを ちゃんと祝福してあげられなかった。

          ごめんねシトラや
 悲しいことが重なっていたけど、シトラの嬉しいニュースにはどんなに励まされたことか
2005年秋、竹藪奥に住むおじさんかシトラの元養い主に関する情報を得た。
 その人は3匹の猫(シトラの子)を飼っていて、 小屋で仔猫が産まれてしまったが
 養いきれないから
捨ててきたらしい。・・・・聞いて、たまらない気持になった。
 またそのようなことにならぬよう手術するから預からせて欲しいと話しに行って、
 シトラのことを聞いた。
 シトラはガリガリに痩せて 行き倒れ寸前でおじさんの所へやってきた。
 最初から人慣っこかったから、おそらく飼い猫だったのが捨てられたのだろうという。
 小夏も同じ時期に、このおじさんの所へやって来たのだそうだ。
 2003年早春におじさんの住居内で子を生み、親離れさせる頃、
 子どもたちに場所を譲ってシトラと小夏は小屋を出た。
 おじさんの所へ帰らなくなった時期と 私が毎日会うようになった時期が一致していた。

  おじさんは「親があんなにきれいなのに
子どもたちは全然似ていなくてさぁ・・」と笑う。
                    
                  トット♂(お魚)体の大きな男の子 
                  切れ長の目がシトラ譲り?
 シィ(海)♀&ララ(お日さま)♀
                 とても怖がり これもお母さん似

  シィ・とっと・ララ シトラが河原に残した子
  3兄妹の手術は2005年12月4週に、やっと終わった。
  ワクチンも接種し、無事おじさんの元へ戻せた。
  シトラに果たせなかった責任が、こうしたことで少しでも埋められたらと思う。

        いまは思い出になった美しいシトラや
        もう二度と飢えてさまようことはないよ。
           河原のことは忘れて
             子どもたちも大丈夫だから
          どうか いつまでも幸せに暮らしてね。

 シッポの治療と不妊手術を丁寧にして下さったA先生と、
 シトラのしあわせを祈り、動いて下さったみなさま
 ありがとうございました。
 そして
 シトラを迎え、愛し、大事に育てて下さっているご家族に
 感謝を込めて。




                
 2002年10月6日、竹藪のエサ場に現れた。
 
 コキジと丸子と小夏、同じ日に初めて姿を見た女の子たち。
 小夏は、首から背中にかけてほっそりしている。
 とてもおとなしい。
 ノコちゃんと同じキジしろ柄だけど、背中のキジ柄がノコちゃんより多い。
 甘えん坊で人懐っこく,
 間違いなく人の側で暮らしてきた子だろうと思った。
 まさおくんの他、ピンちゃん&サンタ、黒長しっぽなどは、
 新参猫に厳しい。
 初めのうちはどうということはなかったのに、
 プレッシャーをかけられ 追い払われるようになると、
 新しい子は来られなくなる。
 小夏が現れた頃は、サビちゃんやフジ子がいつも私の側にいたので、
 遠慮して甘えられなかった。小夏の様子をみればその気持は伝わってくる。判っていたつもりだ。忙しい朝のエサ場で、ごはんを一生懸命食べるみんなの中で、小夏だけぼんやり座っている。私の通り道に下を向いて座っている。せっかく来たんだから食べなさいと話しかけても無言で見つめ返すばかりだ。時間も無いのに、片づけ終わって行きがけに、そんな小夏の頭に手を置き、背中をそっと撫でた。突然小夏がほどけてしがみついてきたときは驚いた。後を追ってくる小夏を振り切って、置いていくのはつらかった。小夏にはかえって残酷だったろうか。12月頃から、春の出産シーズンに向けて、一生懸命不妊手術に取り組んだ。小夏はほとんど姿を見せなくなっていたのでどうにもならなかった。いまだ未手術のままでいる。もしかしたら既に終わっているかもしれない。小夏の過去については、知りようがないのだ。何度も諦めたのに、また幻のように姿を見る。いくつかエリアを越えた藪の中で暮らしている人の所に、ねぐらを構えているようだ。
もしかすると、元々そこの子だったのかもしれない。キャンプ場を抜けてグランドの方へ下りていくと、私の胸を痛くする細い背中に、本当に時折だけど遭遇する。ごはんは食べているようだ。竹藪へはもう来ない。
                

         どんな毎日を過ごしているのだろう。
  忘れていないよ、いつも思っているよ、心配でたまらないよ、
    


          ・・言っても、信じてくれないだろうな・・



2006年 夏 小夏はとても元気で、毎日ごはんを待っている。
ガオの道も、キャンプ場材木置き場も、駐車場も、小夏はどこでも自由に動いている。
竹薮へも来るけど、私のいるときだけで、居心地は良く無さそうだ。

ワンコにも新参の気の強いオス猫にも負けないで立ち向かっていくのに、ピンちゃん黒長だけはどうしても苦手。飛びかかられるといつもひっくり返ってお腹を出して、あえなく降参。シンクロやクマちゃんと仲良しだ。

  河川敷の不死鳥 こなつ ♀ 年齢不詳

 
 眼光鋭く草に潜み  日ざしの中で
                                            草を食べ
      落ち葉を踏み     ひなたぼっこする

   膝に乗り          肩に乗り

           

            河川敷の空をみつめる戦士 小夏

  ・・夏も
 
 
                ・・冬も


                あいしているよ

 2007年11月4日小夏を連れて帰る

現在ひよしまるくんちの7番目の猫に         
                 


 
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