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河原猫の世界

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白黒猫

 
2003年9月26日

どこからやって来たのか、河原の原っぱに居たのを発見。
発見当時推定3~4ヶ月。

夏に生まれた子だろう。

おなじころ大学猫に仲間入りした白黒仔猫「はっちゃん」と連動して、

「くーちゃん」という名前は、はなちん先生からいただいた。

ずっと女の子だと思っていたので、男の子と判明するまでしばらくかかった。

仲間入りまでの経緯を書いた日記から、以下抜粋。


10/12

木の上からちびっ子がじっとこちらを見ていた。
竹藪にはまだ入って来られない。だれでもいいから、
他の猫さんに会ったときは「こんにちは!」って礼を尽くして挨拶し、
素性を名乗り、かならず「お母さんからよろしくって」を、付け足すんだよ。

ちっこいのに、何とか無事にやっているんだね。
一人でも負けるな。頑張るんだよ。


10/16

Qちゃんが決死のエサ場デビューだ。
みんなの食事を、竹の乱立する安全な場所からじっと見ており、
時々近くを通る大人の猫に「ナンダおまえは」などと睨まれたり、
フンフン臭いを嗅がれたりして、ぎゃーぎゃー応戦する。
「アタシはそこらのチビ猫とちゃうわよ!」とかなんとか。
どうも女の子っぽい。
荒い声が上がるたび、・・おぅ、かなり気合い入っているな・・頼もしく思い、
様子を見ながら時々「きゅぅちゃんっ」と呼んでみた。
空いた場所に突進して、なんとか食べていたようだ。

がんばれ、チビQ。


10/21

目をくりくりっとさせて、前足をそろえて座り、
ごはんを食べているみんなの背後で、誰かに焦点を合わさぬよう、
お腹をGooして失礼にならぬよう、
どこを見るでも無しにじっとしているQoo。
仕草も表情も、とても可愛い。私のそばの場所が空いた。
右を見て、左を見て、上を見て、少しずつ近づいてきた。
何とも芝居がかった近づき方だ。
私と目が合ってしまった。
遠慮は要らないから食べなさいと言うのを聞く間もないほど、
大あわてでピョーンと身を翻して彼方まで逃げ、
積もった笹の葉を手でかき回し、
ひからびた竹輪だか、チーズの切れ端だか見つけたのを、
大げさにこねくり回して遊んでいる。
まーいいか、当分来そうにないけど、あの子はここにいるのだから。
竹藪に来てから連日いる。
仲間入りできたようだ。
この前原っぱで、黒長ばかりかノコちゃんにまで追っ払われていて、
駄目かと思った。何か秘策を練ったのかな。


2003年の冬

 チビ猫Qちゃんは、ピンちゃんにひっつく猫さんになったのでした。
まるでお母さんのようにピンちゃんを追いかけ、ひっつき、まとわりつき、
甘えました。知らない人が見たら、まったく親子です。
ピンちゃんはどちらかといえば新参猫を追い出すのが得意ですから、
チビ猫Qちゃんの猛攻をそのままにさせていたのは、
ひょっとしたら、すこしは同情していたのかも知れません。
お母さんと別れた最初の冬、
ピンちゃんたち兄妹は黒叔父さんにくっついて過ごしました。
ひとりぼっちで、知らない場所で、誰も頼れない境遇にあったチビQ。
ピンちゃんのちいさな胸の奥に眠っていた思い出がムズムズし、
そのくらいはいいじゃんという気分になったのかもしれません。


せっかく仲間入りできたのに、なにも言わず、何も残さず、
風になって飛んでいってしまいました。
連日、放し飼いの犬にかき回されていた頃のこと、
何かチビQの身に起こったのではないか、
不穏な想像をしては苦しくなります。

一番最後にチビQが日記に出てきた箇所です。
翌日から確認できなくなりました。

「1/15 Qちゃんが、メイン猫舎のど真ん中、
カイロ2枚入りチーコ様専用箱にちんまり座っており、
私の顔と同じ高さのところにある出入り穴から、
目を丸くしてこちらを見ていた。
目が合うまで堪えていたらしく、
合ったとたんに脱兎のごとく裏へ逃げた。」


風になった子の誰にもそう言ってきましたが、
Qちゃんにもおなじです。


「生きているのなら、
いつでもいいから帰っておいで、
いつも待っているのだから・・」
 
          健気なチビ猫Qooちゃん ♂
             
26Sep2003 チビ猫Qちゃん発見

なにもかもがおっかない
                                        
竹薮餌場に突入














  捕まえた おかあさーん
                        
         
                                    









                 

               おかあさーん




 ぴんちゃんの
 そばを離れず
                                     












      いつもヒシと寄り添い

    見つめ合い
                                     













       追いかける

何もしてあげられないまま見失ってしまった・・
こっ こんにちは!
どこへいけばいいのかな
ボクは
おまえの母ちゃんじゃ
ないってば>ピン
サンちゃん 
こいつ何とかしてくれ
「黒長おじさん!」
「くぉらっ!あっち行け」
 「はいっ!」
「ふんふん」




みんなの「チーコ」♀




2000年春、発見当時、生後3ヶ月くらいの仔猫だった。
口の所にある、逆「く」の字模様がチャームポイント。
フジコお母さんの子。兄ちゃんクロちゃんと、黒白3兄妹。


2001年1月、不妊手術に運び、翌2002年2月、縁談があって保護し、
ワクチン接種・駆虫・除虫・血液検査・・フルコースで嫁入り準備した所、
FIV陽性と判明。河原へ無念のリリース。
慢性の鼻気管支炎で風邪をひきやすく、洟を垂らしているときの方が多い。
白い胸を揺らして苦しそうに息をしている様子を見ると切ない。
本人は慣れっこになっている。
なにもかも黙って受け入れているのだ。


2001年5月、原っぱ猫台撤去を地主さんから申し渡された際、
特に人懐っこかった「みいちゃん」「クロちゃん」を緊急保護した。
2匹連れて帰るのが精一杯だった・・
チーコは用心深く、無防備に人に甘えたりしない子だったので、
他の子達と河原に残した。


喧嘩したり争ったりするのを見たことがない。
大きな声で唸ったりすることもない。小さいのに芯が強い。
賢い。
河原の裏ボスではないかと思う。
いつも親衛隊に守られている。
無愛想だけど、みんなチーコがダイスキなのだ。
私にとっても大事な子だ。



2005年3月15日
竹薮の猫ハウス内で冷たくなっているチーコをM氏が発見した。
知らせを受けて駆けつけ、竹薮の入り口、いつもチーコが日向ぼっこしていた
場所に埋葬した。
前日まで普通にごはんを食べて、心配をさせなかったチーコ・・

その生涯は深く悟った仙人のように
静かなものだったように思う。
河原にぽっかり穴が開いた。
小さな大物チーコが消えた。

Oct 1999一番古い河原猫の記録写真(友人が通りがかって撮ったもの)で、その姿が確認されている。河原でしぶとく生きている。どこで生まれたのか、飼い猫だったのかずっと野良だったのか、いつもどこにいるのか、とにかく何も判らない。

漫画に出てくるボス猫「マサルさん」から名前をもらった。アーオンアーオン言って歩くと、まわりの猫たちが震え上がってしまうという強者。河原のマサルさんは百戦錬磨で、2000年春は大型雄猫一太郎やクロボスと、河原猫コロニーのトップに君臨していた。黒白3兄妹の「父」かもしれない。河原生まれの黒白猫たち、みんなマサルさんの子孫ではないかと思う。

ボス猫「マサルさん」の紹介記事は
「単独組」メンバーのページへ引っ越しました。

最古参のボス猫「マサルさん」♂


おれ、マサルさん。
マサル君ではない。
そこんとこ、よろしく。




「兄ちゃん」♂
2000年春河原生まれ フジコの子







兄ちゃんはシブイ







たまらない後ろ姿

  





  

  枯葉の似合う兄ちゃん

2000年春 河原の猫たちに関与し始めた当初からのメンバー。
黒白柄に短い体、しっぽはダンゴしっぽで曲がっている。
少しオデブ。

お母さんフジコや、黒白兄妹(クロちゃん、チーコ)と一緒にいて、
みんなが甘えるのを不思議そうに離れた場所から見ていた。

           
       お母さんフジコと黒白3兄妹 2000年夏
 

なかなかなついてくれなかったので、不妊手術は翌2001年1月、
捕獲器による一斉捕獲で。手術の翌朝河原へリリースした。

お腹が空いているとき、腕の下に入って頭付きなどしてご飯の催促をしたり、
みんなと一緒に遊んだりはするけど、
人間に対する不信感は相変わらず消えないようだ。
慎重な兄ちゃん。

怪我をして歩き方が変だったり、
風邪をこじらせてぐったりしていたり
危険な時期もあった。
そういう時、まったく近寄らせてくれないので、
ただハラハラと見守ってきた。
ご飯に抗生剤を混ぜるのが精一杯だった。

餌場にいるのはご飯のときだけで、後は専ら単独行動。

隣のキャンプ場の材木置き場や、
大きな木の下などに隠れている。

2003年7月、冬から春にかけて
ずっとウシガエルのようにグェーグェッとやっていたので、
病院へ連れて行った。
慢性鼻炎が治らない。

   みんなと仲良し 

                        

   黒長シッポも兄ちゃんにはひれ伏す

         

2004年夏 クニクニモドキ(→クネちゃん)が竹薮にやって来て、定着した。
養い主だったおじさんが亡くなって、帰る場所を失ったためだろう。
兄ちゃんが女の子とゴンゴン頭をぶつけるのを見たのは初めてだったので驚く。
8月クネちゃんの具合が悪くなり、連動して兄ちゃんも洟を垂らしていた。
       
  急に具合が悪くなったクネ      さりげなくクネちゃんのそばにいる兄ちゃん  


9月18日、苦しそうに息をしていて全くごはんを食べられなくなっていたクネちゃんが姿を消し
2004年9月19日、姿の見えなかった兄ちゃんを探し歩いて竹薮へ戻ると
兄ちゃんがひょっこりと戻っていた。
この日が兄ちゃんを見た最後の日になった。

どこかでひっそりと横たわったクネちゃんに
兄ちゃんはずっと寄り添っていたような気がする。

2000年春、河原へ通い始めた当初からのメンバーで、
フジコの子。
元フジコの愚息。現在私の愛息。
鼻の髭模様と愛嬌のある短いしっぽがチャームポイント。


立っている私の体を縦に駆け上り、背中にしがみつき、
帽子の上にしがみつき、
この子の熱烈歓迎ぶりにすっかり参ってしまった。
夢中で通うようになったのは、
ひとえにクロちゃんのキャラに惹かれたからかも。
コマツのおじさんにも可愛がってもらって、
子供の頃から人に慣れていた。
全く、ノラちゃんらしからぬノラちゃんだった。


2000年10月不妊手術、ワクチンを済ませ、
翌年5月、みぃちゃんと一緒に家に連れて帰る。
あちこちに声を掛け、ネットでの里親探しも頑張ったが、
結局一件も問い合わせが無いまま私の家の子になった。


正式名は「クロ駒」。
体の形に由来する名前だけど、
黒駒の親分、という有名な人がいたため、
「親分」と声を掛けられることもある。
うちの子達の圧力で凹まされてしまったり、
仲良しの保護にゃん達と次々お別れして寂しい思いをしたり、
河原時代よりもウチに来てからのほうが辛かったかも。
甘えん坊は変わらない。
ちり紙を丸めたボールで、狂喜乱舞する。


いつまでも元気でいてね。凛々しくて可愛くて、優しい子。クロちゃん。



元河原の看板スター 
「クロちゃん(正式名:クロ駒)」

 
  雪の中を歩くクロ ち・・チメタイ
                                      
  甘えん坊だったお母さんフジコ  
                           ボクも抱っこして・・
   「歯石取り」
                   外で生まれた子でこんなに人懐っこい子は
                   稀です


うふふ・・・








                  
                              

                   これがクロちゃんの「ほっかむり」 2000年夏


筋金入り野良ちゃん「コハチ」♀
 

♀2001年夏、白ママが生んだ子。
コシロみーしゃと同腹の兄妹。
小さな黒白八割れ柄の女の子、で、コハチになった。
エサ場での遭遇頻度、せいぜい月に1~2回。
写真もなかなか撮れない。
白ママと長い間一緒にいた子。
みーしゃや2代目コクニたち女の子が早い時期に親離れさせられたのに、
コハチはどうしてずっと側にいられたのだろう・・

不妊手術に運んだのは2003年3月。
この子が捕まったのは奇跡に近い。
人間を至近距離で見るのが初めてだったため、
恐さのあまり固まったままだった。

1999年秋、具合が悪そうにうずくまっている写真が残っている。

まだ仔猫だったから、夏に生まれた子なのだろう。捨て子なのか、河原で生まれたのか、わからない。

2000年春、何とか冬を越えて生き残っていた所を発見。

人には全く気を許さない子だ。

あちこち毛が薄くなっていて、瞬膜の出た目・・とても長生きできそうにないと思った。黒白柄で足の先がちょこっと足袋を履いたみたいに白い。それで「たびちゃん」だ。

不妊手術は2001年1月。みんなと仲が悪いわけではないのに、なぜか竹藪の常駐メンバーにはならず、原っぱ向こうの畑より更に遠い、オミナエシの茂る草藪の方からとことこ一人で通ってくる。

気の強い女の子で、富士子やサビちゃんと気が合わなかったのかもしれない。今も時々体調を悪くしているけれど、チーコ同様、たびちゃんだってしぶとい。淡々と、寝場所とエサ場を行ったり来たりの毎日だ。

ごはんのトレイやミルクの器を押しやると、ちらっとこちらを見て

挨拶してから食事する。

カメラを向けると逃げてしまうけど、このときばかりはとても恐縮した様子で、お行儀良く召し上がっていくのだ。

2005年冬
竹藪奥で暮らすおじさんが、小屋の下で黒白の子が
亡くなっていたと教えてくれた。
確認は出来なかったけれど
フッツリ消えたタビちゃんのような気がする。
遂に人間の手を
受け入れることなく死んだ。

捨てた人間の思惑に反し、少なくとも6年
タビちゃんは河原で頑張った。


タビちゃん♀


 1999年秋 まだ私が河原に通う前のタビちゃんの画像
  
                    
                    

人見知りする「ハッチ


2000年春、発見当時まだ仔猫。

鼻がピンク色で、きれいな八割れの黒白猫だった。出どころは全く不明。人にも慣れず。
恥ずかしがりで、気も強い。ごはんだけのおつきあいでずっと来ている。

高い所でじれて待っていて、気が付かないことが多い。
ゴメンゴメンと配膳する手を、何度も叩かれた事がある。ハッチのパンチは結構痛い。

いつも一人でキャンプ場向こうの畑に積まれた材木の上にいて、そこが居場所のようである。
自転車で通過する私をいつも見ていて、竹藪にまっしぐら・・走っていく。
帰っていくときも、物陰から見送ってくれる。

ゴロリがいた頃は、ときどき一緒にいるのを見た。

今は一人だ。不妊手術は2001年1月。

ガンバレ、女の一人暮らしは大変だよね、
キモチわかるよ。


2006年秋頃から口内炎に苦しんでいる。
触れないので詳しくは判らない。
ガオの道でも、竹薮でも、野球小屋の裏でも、
食べたいときは私を追ってくる。
ごはんに薬を混ぜ、少しでも美味しく楽に食べられるように
ハッチのごはんは工夫して特製にしている。
冬を越えて
2007年の春を迎えた。
一生懸命食べようと頑張っている。
いよいよ終わりが来るまで、猫たちはそうやって懸命に生きるのだと
見るたびに強く思う。
ハッチの頑張りには励まされる。
  忍びの「影丸」♂
2002年3月河原生まれ ヨーコママの子
2007年2月16日 竹薮の猫ハウスで永眠

 

 2006年5/20日 「短いシッポの白黒」として、初めて日記に登場。
シッポを見ないと影丸と区別が付かず、遠くから確認するときはいつも
影丸と間違われていた可能性大。
どこで生まれ、どうやって河原へ来たのか、全くわからない。
人には慣れていない。シャーシャー猫である。
未去勢の♂でつっぱらかっているため、
竹薮でトラちゃんに嫌われた。
それから、黒長シッポに嫌われた。
ズーズーにはもっと激しく嫌われた。
ガオの道から材木置き場、竹薮、駐車場の土手、
全配膳場所をまわり、居合わせたほかの猫たちとの距離を測りながら
落ち着いて食べられる場所を
探っている。

6/11日 短いシッポの白黒→ヒゲゾウ に改名。

7/11日 初めて写真を撮った。

ミルクが好きで、少し粘ってごはんのそばに留まればありつけることに気づくと
誰に嫌われても、排斥されても、
頑張るようになった。
夏は材木置き場と原っぱを中心に出没。
秋の食欲シーズンは、竹薮こそがオレ様の食べ場所と
果敢に私を出迎え、みんなと一緒に走り込み
奧の餌台を死守した。


「・・オレ、サミシイ・・くたびれた・・」

そんなこと言わずにがんばれヒゲゾウ

2007年春、食事場所を野球小屋裏手に変えた。
ズーズーとは会うたびにわめき合う。
相変わらずみんなに嫌われ頑なな態度だが、
私には少しだけ軟化の兆しを感じる。

2008年1月不妊手術 エイズ(+)白血病(-) 3種混合ワクチン接種

2008年4月19日 保護

パニックで暴れるヒゲゾウに心を痛め、、友人に相談の末、

今後のケアーとヒゲゾウの将来をプチポン盛岡にお願いすることになった。

20日、車リレーで搬送。

                  
                文句たれの「ヒゲゾウ」♂
     出どころ不明 年齢不詳 2006年5月に流れ着く
        
 薮からニュッ 流れ者のヒゲゾウ 「ひげがすごいだろ?」
  正面から見てもリッパだけど
               横向きもリッパ 「ぬぁに?足が短い?余計なお世話だい」
                    
 
みんなと仲が悪い・・
「努力はしているんだけどね・・」
            「ムズカシイ」  
  「文句あっか!?」 
                                 ・・・つい減らず口をたたいてしまう・・

                    
                        しっこかけちゃうぞ
 
 悪い癖がなっかなか なおらんのであります。

     

     

    2005年2月発見当時

                           

   

河原では猫たちに不人気 私にはべたべた 時々あどけない顔になり 怖い顔も見せる

   

新ちゃんの変人ぶりは磨きがかかって、迫力さえ感じる。表情も豊か。

He is a most pecurier man.

            

   変わり者の新ちゃん♂ 

推定4歳  エイズ(+)白血病(-)体重4.3kg。
2005年2月28日ミス河原たちの所にいた。
ミス河原親子にはどちらかといえば嫌われていて、ごはんに近寄ると唸られてしまう。
それでもあまり気にする風もなく、親子のそばでごはんを食べていた。
こめかみあたりに傷があり毛が抜けていて、とにかく汚かった。
最初から人なつっこかった。
その後ガオの道から竹藪へ流れてきた。不妊手術は2005年10月10日。
猫仲間の評判は悪くても、頑張って食べ、図太く定着。トラ地蔵さまに嫌われたのが致命的で、よそへ流れて行かざるを得なくなったか、やがて見失う。緑地の外れに住むホームレスの二人の小屋にたどり着き、そこをねぐらと定めて暮らすこと一年余り。適当に甘え、適当にふらふらと、性分にあった生き方をしてきた。2008年7月6日、生活保護を受けて脱ホームレスの道を選択した二人に、もう飼えなくなったと託された。

  
 
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  © 2008 河原猫の世界
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